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子供は生まれてしばらくは、大きな荷台のある「大きな車」(家庭)に乗って、代わる代わる運転するパパとママの膝の上で座って育つ。





 




しばらくすると、「大きな車」の後部座席に座って、パパとママの運転を後ろから見ながら育つようになる。

 


さらに成長すると、「大きな車」の荷台の上で、パパとママが用意した「おもちゃの車」の運転席に座って、自ら運転の真似事をするようになる。



さらにさらに成長すると、パパとママ付き添いの下、「大きな車」を降りて、短い時間、外で「おもちゃの車」を運転するようになる。でもやっぱり、一日の大半はパパとママと一緒に「大きな車」の上で過ごす。






さらにさらにさらに成長すると、パパとママを「大きな車」に置いて、平日の日中は一人で「軽自動車」を外で運転するようになる。でもやっぱり、平日の朝晩と休日は基本的にはパパとママと一緒に「大きな車」の上で過ごす。


 



 

「軽自動車」の運転もうまくなってくると、いよいよ「普通乗用車」に乗り換えて、外の世界を自由自在に自分の意志で動き回るようになる。


父親と母親が乗る「大きな車」に帰ってくるのは、長い休暇と年末年始といった限られた期間だけになる。







そういった生活を続けるうちに、世界の道路でいろいろな人たちと巡り合い、やがて「普通乗用車」の助手席にパートナーを乗せて、一緒に運転するようになる。


さらには、子供が産まれると、「普通乗用車」を降りて、両親が乗っていたような大きな荷台のある「大きな車」に3人で乗り込んで、配偶者と一緒に共同で運転するようになる。自分たちの膝の上には子供を乗せて。

 




パパとママの役割は、


まず、「大きな車」を運転しながら、子供たちを自分たちの膝の上や後部座席に座らせ、運転する姿を見せつつ、一緒の風景を見させて同じ体験をさせること。



その上で、周囲の安全に目を配りながら、子供たちにも「おもちゃの車」を与え、運転させることで、自立心を芽生えさせる。



「軽自動車」に乗るころになれば、子供たちも親の目の届かないところで、1人で運転しドライブに出かける。パパとママとしては、心配しながらも、見えないところでサポートしつつ、子供たちの運転を信頼し、見守ることで、徐々にパパとママの庇護のもとから離れて生きていけるような力を身に着けさせる。



「普通自動車」を運転するころになれば、もう一人前。親子と言えども、対等な大人同士として、別の世界をそれぞれ歩んでいくことになる。

 


毒親と言われるようなネグレクトな親は、子供を自分の膝に乗せもせず、運転の仕方も教えず、そもそも自分たちで「大きな車」すら運転しないので、子供たちが育っていく過程で必要とする安心安全な拠点(「大きな車」)を与えることができない



ネグレクト型とは逆の特徴を持つ、子供の人生乗っ取り型の過干渉な毒親は、子供が「おもちゃの車」に乗るようになっても、常に車の後ろに手を添えて自分のコントロール下におこうとしたり、子供が「軽自動車」や「普通乗用車」に乗り換えるようになっても、なぜか一緒に運転席に座って子供の車を自らが運転しようとする


ひどいケースになると、子供の車なのに、子供は後部座席に座らせて、親自らが自分だけで運転しようとしているようなケースもある。

 


子供の人生乗っ取り型の過干渉な親は、けっして自身を毒親だとは思っておらず、常に子供のことを心配し気にかけてサポートしている「心配性な良い母親」だと思っているからたちが悪い。