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わが家の子供たちは、シンガポールではインターナショナルスクールに通っている。
遠くない未来にいずれは帰国して、日本の学校に通うことが分かっている。
なので、旦那の海外駐在という限定的な機会・期間を活かして、多種多様なバックグラウンドを持つ生徒が通う学校で、日本の学校では得られない経験をして、彼らのこれから長い人生の肥やしの一つになればというのがわたしたち夫婦の思い。
もちろん英語の習得も目的のひとつではあるけど、それは副次的なもの。
より重要なのは、世界にはいろいろな国や文化があって、肌や髪や目の色も、使う言語も異なる人たちがいるのを当たり前と感じ、異なる個性の人たちと接することを普通のこととして自然に捉えられる人間に育って欲しい、というのが我々の思い。
だから、子供たちには、海外に住んでいたこととか、外国語を話せることを自慢するような人間になるのではなくて、イギリスやシンガポールでの生活で得た経験を、これから蓄積されていく多くの異なる経験の中のひとつとして心の中の引き出しにしっかりとしまって、これからの長い人生を充実して生きていく為の糧にしてくれたらなと願っている。
わたしや旦那には、学生時代も社会人時代も、周囲に帰国子女や学部留学経験者が普通にいたけど、自ら「アメリカに住んでた時は~」「イギリス留学していた時に~」「中国に住んでいた時に~」「シンガポールの中学校に通っていた時に~」なんてことを話題の中心において話をしてくる人なんて誰一人としていなかった。
なぜなら、そんな経験は自分の人生の一部分でしかなくて、沢山ある心の中の引き出しの一つにしまっている事柄に過ぎないから。
その国の話題が会話の中心にたまたま上がったときに、その引き出しを開けて過去の経験やそこから得られた知識を引っ張り出して会話のキャッチボールに使ったりすることはあるけど、けっして海外経験そのものを、自慢のようにひけらかしたりはしない。
みんな無意識のうちにそんなこと自慢の材料にはならないと分っているから。アラフォーにもなって「わたしが、東京にある●✖️大学に通ってた時に~」なんてことを話さないのと全く同じ。そもそも、20年も30年も前の海外在住経験や留学経験なんて、昔のことすぎて、、、、、というのもある。
閑話休題
海外帯同生活中に、子供を日本人学校に通わすか現地校やインターに通わすかというのは親にとって常に悩むところだけど、どちらが正解ということはないと思う。
わが家の場合は、子供たちの年齢的に日本での受験問題がまだないので、インターに通わせることが出来ているけど、受験を控えていたらたぶん日本人学校に通わせていたと思う。
また、現地校向きな子供も日本人学校向きな子供もいるので、その子の個性や性格にもよると思う。どちらに進んだとしても、それを経歴として捉えるか、経験として捉えるか次第で、後者に出来ればそれはとても意味のあるものになる。