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うちの子供たちの子育てで、わたしたち夫婦が注意していることは、「成長過程にある子供時代に、娘や息子の性格の傾向やタイプを決めつけない」ということ。
なぜなら、親であるわたし達が、「この子はこういうタイプだ」という先入観を持って子供たちと接してしまうと、口に出そうと出さまいとも、子供たちは敏感にそれを感じ取って、その先入観の枠に自分の性格を閉じ込めてしまう可能性があると思うから。
もちろん、人間にはDNAで引き継いだ生まれもった気質のようなものもあるのは確かだけど、個々の性格は、その後の環境や経験により形作られる割合も大きいはず。
なので、小さいうちから親が「この子はこういうタイプだ」と決めつけてしまうのは、子の心の成長の可能性の足かせになってしまう気がするんだよね。
ある心理学者によれば、人間の性格に及ぼす遺伝子の影響はだいたい50%前後で、残りの50%は環境によるものらしい。性格に関わる遺伝子が親から子に伝わるときは、父母それぞれの遺伝子が半分ずつランダムに伝わり、両親いずれとも異なる新しい組み合わせが生まれるので、遺伝の影響を受けたとしても、どちらかの親と同じ遺伝的素質になるということは絶対にないそう。性格に関係する遺伝子の組み合わせも、人の顔立ちが遺伝的にみな異なるのと同じように、世界中すべての人がみな違うと考えて間違いないんだって。
例えば、現時点でうちの上の娘は、どちらかというと「社交的」で「人前に出るのが苦ではない」タイプで、下の息子は「内省的」で「恥ずかしがり屋」ではあるんだけど、これも今後の環境や経験次第でいくらでも変わるものだと信じているので、わたし達は下のチビを「恥ずかしがり屋」とは決めつけたりはしない。
だって、親が「あなたは恥ずかしがり屋」というレッテルを貼り続けたら、本当にその子がそういう性格に固定されちゃうじゃない。
例えば、現時点では「人前に出るのが苦ではなく」、「目立ちたがり屋」な傾向のある娘ではあるのだけど、今後、徐々にシャイな面が出てくることだって十分あり得ると思うし。
人間って多面的で複雑な生き物なので、外では「おしゃべり」であっても、家では「おとなしい」人もいるだろうし、常日頃「慎重」だった人が、ある局面では「大胆」になることだってあるだろうし。
わたし達夫婦の願いは、うちの子供たちが今後いろいろな環境で生活し、様々な経験を積むことで、「慎重」な面もあるけど時には「大胆」といった、一見正反対な性格的傾向の両方を持ち合わせて、場面場面でいろいろな自分が出せるような、深みのある人間に育つこと。
性格を表す形容詞って、ぱっと思い浮かぶだけでも下記のようにたくさんあるんだけど、一人の人間の性格って少ない形容詞で表現できるほど、単純なものではないし、単純でない方が人間的魅力・深みにあふれている人と言えるんじゃないかな。
あと、うちでは「お姉ちゃんだから」とか「弟なんだから」といった表現も意識的に使わないようにしてる。
おとなしい ⇔ おしゃべり
恥ずかしがり屋 ⇔ 人前に出るのが苦ではない (目立ちたがり屋)
几帳面 ⇔ ずぼら
保守的 ⇔ 挑戦的
こまやか ⇔ おおらか
慎重 ⇔ 大胆
内向的 ⇔ 外向的
内気・内省的 ⇔ 社交的
こだわりが強い ⇔ 柔軟
熱い性格 ⇔ 冷静な性格
ひょうきん
のんびり屋
人懐っこい
リーダーシップ気質
協調的
努力家
天才肌 etc. etc.