『論評』について
相手を批判しない、自分と比べて批判しても意味がない。
周りと比べる事にも意味がない。
その人はその人の業や宿命を持っている。
周りに迷惑をかける事もあるし、特異な行動をする事もある。
それを見た自分がするべき事は相手を見下したり批判する事や介入していく事ではない。
事件を論評しない、身の周りに起こってない事をあれこれ論評しても仕方がない。
特にその事によってネガティブな感情を引き起こす事はマイナス以外の何ものでもない。
ワイドショーや週刊誌などは事実であったとしても真実ではない可能性もある。
一部の側面を全てと捉えて判断する、または自分の憶測で補完しても仕方がない。
事件などを見て自分で出来る事は「絶対にこんな事はしない」と自分の学びにする事。
自分に必要な試練は自分の周りに起こる。
一般的には論評は周りを改善していく為に必要。
しかし、自分の論評しないという意思に意味が芽生えたのならしなくてもいい。
自分がしなくても論評は止む事がないから。
論評や批判は人間の性の様なもので、論評の大小数えるなら論評しない人は自分を含めほとんどいない。
身近なら家族や友だち、自分の体など○○だったら良いのに、○○がダメだ、などなど。
今の自分には論評や批判をしないという事は解っていても、咄嗟の時に実行できていない場合がある。
感情が不安定な時に相手の行動に苛立ち非難したり、事件やタレントなどを心の中で勝手に評価している傲慢な自分がいる。
そこを少しでも改善できればと思う。
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