東京大学 国語 二〇一五年(東大入試解答例)です。

文理共通第一問 現代文(池上哲司『傍らにあること―老いと介護の倫理学』) 

(一)過去の自分は現在の自分に統合され、自分は一つしかないのに、過去と現在の自分を分けた上で統一的自己を考えるのは前提から違うから。
(二)自分らしさは、他者の応答も踏まえて取った行動を、他者が見て認定するものであり、自分一人だけで制御し得るものではないから。
(三)他人が認めた自分らしさは、まさに今、新たに生成し続けている自己像でなく、過去の自分の行為に基づく印象に過ぎないということ。
(四)当人の死後も、残された痕跡を順に辿る他者は、その人がどう過去を裏切りながら自己形成していたかを生き生きと追体験できること。
(五)当人による新たな行為が終わった後も、生前の痕跡を辿る他者がその人の自己生成の過程を辿った先に、新たなその人らしさを引き出す可能性があるが、その死後引き出されるの新たな自己像は、過去の自己像を裏切りながら行為する現在の自己生成の延長にあること。
(六)獲得 高潔 依然



文理共通第二問 古文(菅原孝標女(?)「夜の寝覚」)  ※理系は★のみ

★(一)以前とは違って
   勤行を切り上げて ※「~さす」は中断するという接尾辞
   大変心を痛めて拝見して
  (二) 貴女は私に薄情だけれど、私は遠くにいる貴女に思いを馳せるんだなぁ。※「つらし」は古文単語で「(相手が)薄情だ」の意味も。
★(三) 女君の白一色の重ね着は、様々な色の重ね着よりもむしろ素敵なこと。
★(四) 嵐山に離れた今も、雪に、故郷の都で姉と親しく雪見した記憶が甦るから。
  (五) 女君の苦悩を察しつつも、それを深く気に留めていないふりをする態度。

 

 

文理共通第三問 漢文(『閲微草堂筆記』 高西園…)  ※理系は(五)以外の出題

(一)はるか昔の文人・司馬相如を名乗る客が来る夢を見たが、それが何のめでたい前兆なのか分からなかった。
(二)不  (三)司馬相如の玉印と自分の妻。
(四)誰がお前のものを奪うだろうか、いや奪わない。どんな愚か者がそんなことをしようか、いやしまい。
(五)高西園は、近頃の士大夫の中にあってなお、司馬相如のような先人の風流を追求することができた。


文系第四問 現代文(藤原新也「ある風来猫の短い生涯について」) 


(一)親離れ子離れも心許ない人間とは違い、きっぱりと自立を果たす子猫の姿を見て、太古から続く自然界の姿に頼もしさを感じるということ。
(二)自然界の猫の生活に介入すべきでないと自戒していたが、病猫の突如の苦しみに加担したかもしれない罪悪感もあり、つい助けたということ。
(三)世間の人は、臭い病猫を世話するのは筆者が元々慈悲心溢れる人柄だからだと感心するが、その慈悲心は病猫に引き出されたに過ぎないこと。
(四)一般には不快でしかない腐臭でさえ、慈悲心や愛着を引き出された後では、病猫の象徴として懐かしく恋しく思えるのが自分でも興味深いこと。

 

※これは国語講師・吉田裕子が個人的に作成したもので、出講先の組織的な見解ではありません。

 

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