受験生の皆さん、お疲れ様でした。東大2018年古文に過去問としてチャレンジした高校生の方かもしれませんね。
こちらのページでは、吉田裕子が個人的に作成した2018年東京大学入試 古文の現代語訳(現代日本語訳)、模範解答の速報版を公開しています。復習などにお役立てくださいませ。
【出典】
『太平記(たいへいき)』巻第二十一 覚一真性連平家の事
【本文書き出し】
侍従帰りて、「かくこそ」と語りければ……
【現代語訳】
侍従の局は女房のもとから帰って、師直に「これこれ」と報告したところ、武蔵守高師直はとても心を空っぽにして、「回を重ねたら、彼女も情にほだされることもある*1、恋文を送ってみたい」と考えて、兼好といった能書家の僧を呼び寄せ、紅葉重ねの薄様で、文を持つ手までも薫るほどに香をたきしめた紙に、言葉を尽くして申し上げた。「返事が遅い」と待つところに、使者が帰って来て、
「お手紙を手に取るものの、開けてご覧になることさえなく、庭に捨てられた手紙を、人目に触れさせまいと思って懐に入れて帰参しております」
と報告したので、師直は大いに機嫌を悪くして、「いやいや、実用性のないものは能書家であるなぁ。今日以降、その兼好法師はここへ近付けてはならない」と怒った。
こうしたところへ、薬師次郎左衛門尉公義が用事があって、ひょいと出てきた。師直はそばに呼びよせて、
「ここに、手紙を送っても手に取って見もしない、けしからんほどに冷淡な様子の女性がいたんだが、どうするのが良いだろうか」と笑ったので、薬師次郎左衛門尉公義は「人間はみな木や石ではないので、どのような女性も、こちらが慕うのになびかないものがいるでしょうか、いや、いません。もう一度手紙を送りなさって、お気持ちをお確かめになってください」と言って、師直に代わって手紙を書いたのだが、かえって、添える言葉はなしで(=和歌だけで)、
【突き返されたものまでも、あなたさまのお手が触れたのだろうと想像すると、自分の書いた手紙でも見捨てておくこともできません】
と押し返して、仲介役がこの手紙を持って行ったところ、相手の女房はどう思ったのだろうか、歌を見て顔を赤らめ、手紙を袖に入れて席を立ったので、仲介役は、それでは今回は様子は悪くないと考え、女房の袖を引き、
「さて、ご返事はどうか」
と申し上げたところ、
「重きが上の小夜衣」
とだけ言い捨てて、奥へ入って行った。しばらくすると、使者は急いで帰ってきて、
「こうでございました」
と報告すると、師直は嬉しそうに考えて、すぐに薬師次郎左衛門尉公義を呼び寄せて、
「この女房の返事に、『重きが上の小夜』と言い捨てて奥へ行かれたと仲介役の申すのは、衣・小袖を用意して送れ、ということであろうか。数多くもらいたいということか。そうなら、どのような装束であるとしても、用意するようなことはとても朝飯前であろう。これはどういう意味であるか」
と質問なさったので、薬師次郎左衛門尉公義は、
「いや、これはそういう意味ではございません。『新古今和歌集』の十戒の歌に、
『さなきだに重きが上の小夜衣わがつまならぬつまな重ねそ(そうでなくてさえ夜着は重いのに、その上に自分のものでない他の夜着を重ねるな=自分の妻でない人と共寝してはならない)』という歌の心を使って、人目だけを気にしております、ということだと思われます」
と歌の心を説明したので、師直はたいそう喜んで、
「ああ、あなたは弓矢の道だけでなく、歌の道でも並ぶ者のない名人であったなぁ。さぁ、引出物をさしあげよう」
と言って、黄金作りの丸鞘の太刀を一振り、自分自身で取り出してきて、薬師次郎左衛門尉公義にやったのである。兼好の不運、薬師次郎左衛門尉公義の幸運、二人の栄枯はあっという間に入れ替わった。
*1 ここの「もこそ」「『こそ』で文中の係り結び」というのには大きな意味はないと考えられる。
文系解答例
問一
ア 開けて見ることさえなさらずに
イ かえって普通の言葉はなく、和歌だけで
エ 今回の機会は悪くはない
問二 突き返された文でも、恋しい人の手に触れたと思えば、愛おしいから。
問三 女房の返事は、師直に、衣と小袖を揃えて送れという意味であること。
問四 自分の妻でない人妻の私と褄を重ね、罪深い関係を持ってはならないこと。
問五 人目が気になるが、内心では師直のことを受け入れたいということ。
※同業者、学校の先生などで、間違いに気づいた方がいらっしゃいましたら、お手数ですが、コメントやメッセージなどでお知らせいただけましたら幸いです。