小学生の頃、何度も繰り返し読んだ本のひとつに、海老名香葉子さんの『うしろの正面だあれ』があります。
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昭和10年代の本所(現:墨田区)の人びとの暮らしがいきいきと描かれているからこそ、余計に、それを破壊してしまう戦争の記述がつらくて堪りません。この本を読みながら、何度涙を流したか分かりません……。
こういった本に触れるとき、私は「物語る」ということの力を感じます。
体験を物語るということが、相手の心に訴えかけるパワーを感じます。
それは、中学生のときに読んだこの本でも感じたことでした。
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この本でさらに感じたのは、物語ること、日記を書くことが、書く本人にもたらすものの存在です。
書くプロセスで、新しいことに気が付く。
ひとつの体験が、大きな文脈に意味付けられる。
書き進むうちに、自分の思いの寄らなかったところに着地することもある。
閉鎖的な環境の中で、日記を書き、ユダヤ人の置かれた状況や自身の心を見つめ、掘り下げて考えることで、あのような文章を残したアンネを思うとき、私は改めて「書く」という行為が持つパワーを思うのです。
その、本人にもたらす影響は、私自身が書く中でも実感していることです。
小学校高学年の頃から、日記や詩、ブログなどで書くことを続けてきました。書こうとするからこそ気付くことがあり、書くからこそ気持ちが落ち着く面があり、書いたことで自分の中でかけがえのない経験に昇華できた思い出があります。
ここ最近も、天狼院書店のライティング・ゼミの課題として、毎週エッセイを書き綴っている中で、自分の経験をより深く味わうことができている感覚があります。
今週は、4年半前の思い出を書きました。この文章を書いたこと自体が、わたし自身にとって大きな意味があるのですが、これを読んだ方にも、何かをもたらせたら良いなぁと思います。
なお、有難いことに、こちらの記事は、今週の「店主セレクト」に選出していただきました
多くの方にお読みいただけたら幸いです。


