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今日のカルチャースクール(NHK学園 市川オープンスクール)では、近いようで意外と知らない、江戸時代の文学のお話をしました。

前半は、蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)の仕事をたどりながら、江戸の出版事情について色々お話しいたしました。

皆さん驚いていらっしゃったのが、蔦屋重三郎の守備範囲の広さ。

「吉原細見」(吉原の案内本)や、寺子屋などの教材となる往来物、長唄や富本・めりやす・義太夫節などのお稽古の本で、手堅く稼ぎつつ、交友関係を活かして、種々の戯作をプロデュースしていきます。

狂歌などをともに楽しんだ朋誠堂喜三二や山東京伝の本をたくさん出していますし、十返舎一九が彼のところに寄宿したり、滝沢馬琴が彼のもとで働いたりしておりました。

寛政の改革で、処分を受けた後、戯作を出すのには苦労をしておりますが、錦絵の出版に励むなど、晩年まで旺盛に出版をし続けるのでした。

喜多川歌麿を美人画の大家にしたのも、東洲斎写楽を仕掛けたのも蔦屋重三郎だということが驚きですが、さらには晩年、葛飾北斎にも目を付けていたと言うのだから、恐ろしいものです。

講座の後半は、蔦屋重三郎や戯作者、絵師たちが興じた狂歌の世界を紹介しました。

本歌取り(!?)については、元ネタを紹介しながら楽しみました。

例えば……

「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」(藤原定家)という歌が、江戸時代の狂歌では、

「見渡せば金もお銭もなかりけり米櫃までも空きの夕暮」(紀野暮輔)

とアレンジされます。

その他、ここに書くのは憚られる歌も。あー、よく笑いました!