『自己コントロールの檻』(森真一、講談社選書メチエ)
という本を読んでいたら、この本の議論が紹介されていました。
『やさしさの精神病理』(大平健、岩波新書)

これは、1995年の本ですが、
著者の大平さんは、
近年、新しいタイプの”やさしさ”が
見られるようになったと述べています。
従来、「やさしさ」とは、
お互いの傷を舐め合うようなものだったのに対し、
新しい”やさしさ”は相手を傷付けまいとするものです。
前者が治療的なやさしさだとしたら、
後者は予防的なやさしさであると名付けています。
例として、電車で座っているときに、
目の前に年配の方が来た場合に、
「もしかして、席を譲ったら、”老人扱いされた”と気分を害されるかもしれない。」
と心配し、寝たふりをして席を譲らない若者が紹介されています。
新しいタイプの”やさしい”人は、
人を傷付けるリスクがあるのなら何もしない、
あるいは、
多少嫌なことでも相手の言うことを受け容れて
波風を立てないことを最優先する人です。
「余計なことを言って傷付けてしまうなら、
口をつぐんだ方がまし」
という発想になります。
この本の議論を知ったのは今日でしたが、
ちょうど、この半年間、
人との関わり方を変えることに挑戦していたわたしにとって、
2タイプの<やさしさ>があるという見方は、
自分のチャレンジを見つめるのに役立つものでした。
皆さんはいかがですか?
従来の「やさしさ」と新しい”やさしさ”、
どちらに共感しますか?
本当のやさしさって何だと思いますか?^^
★お知らせ★10/15(土)14:00~ 初心者向け古典恋愛文学講座@吉祥寺やります♪
~ 以下、とても個人的なお話 ~
基本的には自由奔放に生きているヨシダユウコですが、
恋人をはじめとして、身近な方々に対して、
「この人は失いたくない!」
と思い始めると、自分の考えを、
何にも言えなくなってしまう傾向があるのです。
相手を絶対視する感情と、
自分を低く見る感情とがないまぜになって、
「自分の考えは
相手を不快にさせるリスクをおかしてまで
口にする程の価値はない」
と思ってしまいがちなのですね。。。
わたしが黙り込んでしまって話し合いが成立しなかったり
そのことによって、ますます向こうがイライラしてしまったり
言えなかった思いがたまりにたまって爆発してしまったり
何も言えないまま関係が終わってしまったり…
この5~6年のことを思い返すと、
そのことがもとになって生じている問題がたくさんありました。
(ちなみに、さらにその前のことを思い返すと、
逆に、ワガママをストレートにぶつけ過ぎる感じで…(苦笑)
何にせよ、ずっと、
ちょうど良い塩梅のコミュニケーションができずに過ごしてきた訳ですね(;^ω^))
…ということで、この半年間、
「思っていることを口にする」
「真意が伝わるまであきらめずに説明する」
「お互いの考えを踏まえた上で
新しい着地点を探す」
を意識して過ごしてきたのです。
普通にできる人にとっては、
どれも当たり前すぎることなのでしょうが(・ω・;)
1つ意見を言うのに2時間かかったり、
本心を口にすると涙がボロボロ流れたり、
最初の頃は本当に大変でしたね(笑)
「こう言ったらこう思うだろう」と先回りして想像して、
リスクゼロの対処法を考えるものの正解が思い付かなくて、
結果として何も言えなくなる…
そんな、新しい”やさしさ”を内面化していた自分をリセットして、
ちょっとくらい間違えたって見放されないと信じ、
自分の思いは口にする意味があるのだと信じ、
自分の心からの思いを伝えて、
相手の心からの思いを聞いて、
少しお互い傷付け合っても、
最終的にもっと強く深い絆を目指していこうとした半年間でした。
そのチャレンジを通じて、
相手との関係と同時に、
自信や自尊心も育ててきたような気がしています。
という本を読んでいたら、この本の議論が紹介されていました。
『やさしさの精神病理』(大平健、岩波新書)

これは、1995年の本ですが、
著者の大平さんは、
近年、新しいタイプの”やさしさ”が
見られるようになったと述べています。
従来、「やさしさ」とは、
お互いの傷を舐め合うようなものだったのに対し、
新しい”やさしさ”は相手を傷付けまいとするものです。
前者が治療的なやさしさだとしたら、
後者は予防的なやさしさであると名付けています。
例として、電車で座っているときに、
目の前に年配の方が来た場合に、
「もしかして、席を譲ったら、”老人扱いされた”と気分を害されるかもしれない。」
と心配し、寝たふりをして席を譲らない若者が紹介されています。
新しいタイプの”やさしい”人は、
人を傷付けるリスクがあるのなら何もしない、
あるいは、
多少嫌なことでも相手の言うことを受け容れて
波風を立てないことを最優先する人です。
「余計なことを言って傷付けてしまうなら、
口をつぐんだ方がまし」
という発想になります。
この本の議論を知ったのは今日でしたが、
ちょうど、この半年間、
人との関わり方を変えることに挑戦していたわたしにとって、
2タイプの<やさしさ>があるという見方は、
自分のチャレンジを見つめるのに役立つものでした。
皆さんはいかがですか?
従来の「やさしさ」と新しい”やさしさ”、
どちらに共感しますか?
本当のやさしさって何だと思いますか?^^
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~ 以下、とても個人的なお話 ~
基本的には自由奔放に生きているヨシダユウコですが、
恋人をはじめとして、身近な方々に対して、
「この人は失いたくない!」
と思い始めると、自分の考えを、
何にも言えなくなってしまう傾向があるのです。
相手を絶対視する感情と、
自分を低く見る感情とがないまぜになって、
「自分の考えは
相手を不快にさせるリスクをおかしてまで
口にする程の価値はない」
と思ってしまいがちなのですね。。。
わたしが黙り込んでしまって話し合いが成立しなかったり
そのことによって、ますます向こうがイライラしてしまったり
言えなかった思いがたまりにたまって爆発してしまったり
何も言えないまま関係が終わってしまったり…
この5~6年のことを思い返すと、
そのことがもとになって生じている問題がたくさんありました。
(ちなみに、さらにその前のことを思い返すと、
逆に、ワガママをストレートにぶつけ過ぎる感じで…(苦笑)
何にせよ、ずっと、
ちょうど良い塩梅のコミュニケーションができずに過ごしてきた訳ですね(;^ω^))
…ということで、この半年間、
「思っていることを口にする」
「真意が伝わるまであきらめずに説明する」
「お互いの考えを踏まえた上で
新しい着地点を探す」
を意識して過ごしてきたのです。
普通にできる人にとっては、
どれも当たり前すぎることなのでしょうが(・ω・;)
1つ意見を言うのに2時間かかったり、
本心を口にすると涙がボロボロ流れたり、
最初の頃は本当に大変でしたね(笑)
「こう言ったらこう思うだろう」と先回りして想像して、
リスクゼロの対処法を考えるものの正解が思い付かなくて、
結果として何も言えなくなる…
そんな、新しい”やさしさ”を内面化していた自分をリセットして、
ちょっとくらい間違えたって見放されないと信じ、
自分の思いは口にする意味があるのだと信じ、
自分の心からの思いを伝えて、
相手の心からの思いを聞いて、
少しお互い傷付け合っても、
最終的にもっと強く深い絆を目指していこうとした半年間でした。
そのチャレンジを通じて、
相手との関係と同時に、
自信や自尊心も育ててきたような気がしています。