ALS,kawatetsuのブログ -46ページ目

友よ

耳が聞こえないスカイダイバー関さん。

もう8年も前のこと、
私より少し早くスクールに入っていた。

だが、
スクールオフは私よりはるかに遅かった。

難聴がゆえに空中無線が使えず、
地上へのアプローチを何度もタンデムで練習していた。

お金も時間も皆の倍はかかっていたと思う。
誰よりも努力してハンデを乗り越えようとしていた。

そんな関さんのスクールオフの時、
偶然にも私は地上にいた。

地上に降り立った
インストラクターの甲斐さんと関さん。

甲斐さんは言った。
「合格!スクールオフおめでとうー(^^)」

最高のランディングだった。

ハンデを乗り越えた瞬間だった。
日本初のサイレントジャンパーの誕生だった。

関さんの気持ちに応えた甲斐さん、
ハンデを克服した関さん。

私は感動して、
心の底から甲斐さんと関さんを尊敬した。


関さんは、
私がALSと知った時ひどく落込んでいた。

車椅子に移乗する時など肩をかしてくれた。

坂道が危ないからとおんぶをしてくれた。

なぜかいつも傍にいてくれて、
真っ先に手を差し伸べてくれた。

そんな優しい人だった。


私は言った。
「結婚式に来て欲しい」

関さんは言った。
『やめとくよ』

「手話通訳をつけるからどうしても来て欲しい」

『わかったよ(^^)』


私はどうしても関さんに来て欲しかった。

あの時のジャンプみたく、
感動したかったし感動して欲しかった。



そして式の最後に握手をした。

後日、関さんは言った。
『大工のあんちゃん、ありがとよ』

そして約束を交わした。

iPS細胞で、
私は神経と筋肉の再生を!

関さんは聴力と毛根の再生を!

『「もう一度、
一緒にジャンプしよう!」』


2015年5月23日
山が大好きな関さんは入山した。

少しでも高く、

少しでも空に近く、

はるか大空へ、

天国へと
スカイダイブした。

パラシュートを忘れた関さん、
もう二度と地上には降り立たない。

永遠に。


でも、
きっと、
天国のどこかに、
あの時のスクールオフのように、
最高のランディングをしてるはずだ。


最高で、
最強の、
スカイダイバーだ。



このブログ、
きっと見るきっと届く。

関さん、
ありがとう。

そして、
さようなら。

あの時の約束は来世で果たそう。




スカイビング関西
    河田哲郎

ふれあい祭り~ご報告

先日のふれあい祭りの報告書が完成しました。

当日の様子です。



会計報告書です。



東大への寄付申込書です。



現在申込中です。
完了しだいご報告します。


京大への振込受領証です。



ALS FRIENDS JAPANとして、
初めて寄付することができました。

これからがスタートです。
身を引き締めて頑張っていきます。

余談ですが、
ジャンパーの友人は毎月引落としでサイラに寄付しています。
素晴らしい人です。


それと、
ティーシャツのネット販売ですが、
私達が壱円の利益を得ることはありません。

収益金は全額サイラに寄付します。
近々収支報告します。


あんまり売れてないけど(涙)



ふれあい祭り~涙

今回のふれあい祭り、
私にとって嬉しいサプライズがありました。

以前に私のブログを見て連絡があり、
交流していたCさんが来ていただきました。

Cさんのご主人はALSを告知されて一年半になります。

病気の進行による身体や生活の低下、
介護など不安な毎日を過ごしておられました。

妻としてALSとどう向き合えばいいのか?
強く生きていくことができるか?

ご主人に対する熱い想い、
ALSに対する恐怖感、
そんな切なく寂しさが伝わるメールでした。

そんな中でも、
私のブログで元気がでると言ってくれます。
ALS FRIENDS JAPANを応援してくれています。


そして今回のふれあい祭り、
私達のブースに来ていただきました。

三輪君と会話して涙されました。
いろんなことが込み上げたみたいです。

そしてお礼のメールが届きました。

抜粋しますが、
「ALS FRIENDS JAPANの活動に主人、友人感動している」

「私たち夫婦に夢を希望をありがとうございました」


私は思います。
人を救うということはなかなかできません。
それが知らない人なら尚更です。


今回の活動で、
たった一組の夫婦を幸せにできたと思う。

辛い辛いALS闘病中に、
たった一晩でも、
幸せな気分で眠ってもらうことができたと思う。


ALS FRIENDS JAPANの活動を、
そんな友人達を誇りに思う。