お弁当男子 ~新入社員奮闘編~

お弁当男子 ~新入社員奮闘編~

2010入社社員が激務(?)に追われながらも自分の生活を充実させることに挑戦する。主に、お弁当、剣道、掃除、散歩、身体・・・難解な文章も出てくるので注意。

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今日は脳内に入るから、臓器の中に入ることに成功した。


正確にいえば、今までっやっていた事が、臓器に入ろうとしている事に他ならないという事だった。


左右日本の軸から上向きに上がってきた竜巻は一番上間で行くとずれてつながり一本の竜巻となる

それが全身を動かす、上にいく動きと下にいく動き。これ重要。


それがもたらす効果:カラオケがうまくなる。起こりの見えないきっかけとなる。自然と自分の考えが言える。


なぜか一度位置エネルギーをえた身体は後は無理な力を入れることなく重力に伴い下へ向かう。

何かをやろうとする時、つい力が入ってしまう人にぴったり。



言語とは、身体の中と外をつなぐ唯一の媒体である。

臓器は中であり、骨は外である。

表面をみるか、何も見ないか、外しか見ないか。この正確は中々変化が難しい。

特に光によって身体が硬直してしまっている人は、この呪縛から逃れられない。

そういう人が最後にとる選択肢。

それは「破壊」である。


まぁどっちでもいいけど。そこにあるのは存在のみ。

頭を使って全身をゆるめる。



目の上にトリガーがあって、それをずっと左右に揺らしながら生活する。


実際に股関節でそれが可能だったのだから、頭の中でも同じように可能だと思われる。


全身ゆるゆるだわ。


言語は脳内を固めた状態から、ゆるめると自動的に生成される。


本当に眠い・・・



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納豆、ピーマン、レタスの簡単チャーハン!!
これは旨い〓味付けは牛肉塩ダレ(笑)
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今日は朝からリッチにコーヒー入れてます。

今回のコーヒーは無印良品の「コクのあるブレンド」です。…ってまんまやんけ!!
非常に重要なことが今、わかりつつある。

世間一般に常識だと言われることが、僕には全く普通に見えない。


この間、とある商店街の古本屋に立ち寄ったときに、ある生物学者の本を読んだ。その本の著者は、ゲノムやクローンに対する自分の考え方を述べていた。「クローン技術が正しいかどうかを議論するのはナンセンスだ。人類は知り得た技術を使わないという選択肢は残されていないのだから。」
その意見の是非はここでは問わない事にする。私が気になったのは次の文章である。「人類の進化は観察から理解、操作へと移行していく。」この発言に関しては私の意見を述べていきたい。

私達は学問という物をどのようにとらえているのか。
医学であれば人を治すことがメインコンテンツである。人を治しますという事に普遍性は存在するのか。つまり医学は絶対的正義であるといえるのか。学会における発表のあり方はどうあるべきなのか。ロボットを作る、便利な道具を発明する。それは正しきことなのか。

基本的に人間は環境を観察することによって、様々な変数を知りえる。次に何か普遍性めいた、法則性めいた物を感じるようになる。それを解明すべく、理論や仮説を作り出す。そして、理解へと到達する。しかし、人間はそれだけでは飽き足らず、理論を操作する事によって更なる極みへと上っていこうとする。

現状の社会は何を操作しようとしているのだろう。インターネットによって何をコントロールしようとしているのか。ビジネスによって何を手に入れようとしているのか。車を使って何を知りたいと考えているのか。

私が思うに、昔から人々が求めるものは変わっていない。常に何かを求めている。その何かとは何か。それはネットを通じないと手に入れることが困難なのか。紀元前の人は不幸だったのか。一番不幸な事はなんなのか。その究極普遍な法則性を見つける事が今、必要とされている。

仮説としては
①生と死の法則性
②身体の無限性
③意識の変化の窮乏性

そのへんではなかろうか。


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