商戦が異様な盛り上がりを見せている10月31日のハロウィーン。

市場規模はバレンタインデーに迫る勢いといい、当日やその直近の週末ともなれば、若い人たちを中心に仮装などを楽しむイベントで街は大にぎわいとなる。

 

ところで、これはいったい何の祭りなのか。

その起源や意味合いは意外と知られていない。

お祭り騒ぎに参加する人、冷めた目で距離をおく人、さまざまだろうが、この際、「そもそも」を理解し、異文化に親しむのも悪くない。

ルーツとみられるアイルランドなどケルト語圏の神話にくわしい慶応義塾大学文学部教授の辺見葉子さん(57)に解説してもらった。

 

幽霊の仮装をしたり、カボチャをくり抜いた灯りを飾りつけたりといった、いま日本で楽しまれているハロウィーンの風習は、19世紀にアイルランドやスコットランドからの移民と共に米国に伝わり、子供向けのイベントとして広まったものだ。

その起源は、アイルランド語(ケルト語)の物語にしばしば登場する「サウィン」と呼ばれる祭日らしい。

 

「ケルト語圏の人々は、かつて1年を夏と冬の二つに分けて考えていて、夏の始まりが5月1日、冬の始まりが11月1日でした。

それぞれの前夜は、この世とあの世の境界が曖昧になって、人間界と異界が交じり合い、死者や妖精がやって来たり、人間が異界へさまよい込むこともあると信じられていました。

妖精といっても、かわいらしいものではなく、人間の運命を左右するような恐ろしい存在です」

 

「冬の始まる日の前夜がサウィンです。

サウィンの夜は、妖精によって人間が異界に連れ去られたり、人間が異界に迷い込んでしまったりすることもある。

とても危険な夜だから無闇に出歩くものではない、そう信じられていました。

神話的・祝祭的な『特別の時間』なので、普段は見えないものが見えたり、未来を占ったりすることができると考えられ、そこから結婚相手を占うなどいろいろなゲームも生まれました。

アイルランドでは、ハロウィーンは家に集いゲームをして楽しむというのが一般的だったようです。

英国留学時に中世アイルランド語の先生が『ハロウィーンといえば、家の中でたくさんゲームをして遊ぶ日だった。トリック・オア・トリーティング(仮装して近所を回ってお菓子をねだる)というのは、アメリカからの逆輸入だ』とおっしゃっていました」

 

「聖パトリックがアイルランドにキリスト教を広めたのは5世紀前半ですが、サウィンの様なそれ以前の異教時代にさかのぼる祭日は、キリスト教という新しい衣をまとって、後の世にも引き継がれました。

キリスト教の『諸聖人の日』または『万聖節』は元来5月13日に祝われていましたが、8世紀のローマ教皇グレゴリウス3世がこれを11月1日に改めたのです。

昔は夜を単位に日にちを数えたので、万聖節は前夜つまり10月31日の夜から始まります。

ハロウィーンというのは『万聖節(英語でオール・ハロウズ)の前夜』という意味で、スコットランドとアイルランド(アルスター地方)に特有な英語の言葉なのです。

スコットランドは、アイルランドと言葉も文化も共有していました。

アイルランドのサウィン(=ハロウィーン)にまつわる風習が、アイルランドやスコットランドからの移民によってアメリカに運ばれ、新大陸独自の発展をして、それが世界各地に広まっていったのだと思われます」

 

夏と冬の終わりと始まりは、神話的・祝祭的な時。

人間界と異界が交わり、死者や妖精がこの世を訪れ、悪霊を払い豊穣を祈願して火が焚かれる。

そんな民間信仰が、キリスト教の万聖節と姿を変えた後も、ハロウィーンの風習の根っこにはあるようだ。

日本のお盆にも先祖の霊が戻ってくる、地獄の釜のふたが開いて悪い霊が出てくるなどと言われ、灯籠流しや大文字など、送り火が焚かれる。

季節の境目に行われる祭りは、洋の東西を問わずこの世とあの世の交流の時だ。