2020年2月下旬の福島県郡山市歴史散策の続き。
「めん処 成」でランチを食べた後は、仕事に向かいましたが、仕事が終わった後もまた、郡山散策を続けました。
めん処 成 黒中華そば大盛のレポ
仕事を終えて、「開成山公園」に移動。
開成山公園は、以前もレポしていますので、宜しければそちらも、どうぞ…
開成山公園のレポ
「開成山公園」を進むと、五十鈴湖が見えて来て…
五十鈴湖の西側には、遊具が置かれたスペースもあって…
お馬さん♪笑
「開成山公園」の西側には、「開成山大神宮」があります。
鳥居をくぐり、坂道になっている参道を進んで…
参道に左手には、古そうな石碑があります。記念碑のようです。
「開成山大神宮」の御祭神は天照大御神。配祀神に、豊受大神、神倭伊波禮彦命(かむやまといわれひこのみこと)(神武天皇)。「東北のお伊勢さま」になるんですね。
参道を更に進むと、右手に神門が見えて来て…
神門手前の狛犬。
神門をくぐると、社殿。
幣殿の向かいにある建屋の手前には、何やら説明板があって…
この建屋は宝物殿。
左側の案内板は、「太刀 勝光」。郡山市指定重要文化財。
「備前国住長」と銘がありますが、鑑定の結果、備前国長船に住んでいた室町時代の刀匠勝光の作と判明しました。
開成山地域一帯は、明治初期まで大槻原と呼ばれた荒涼たる原野で、明治5年(1872)に福島県の役人になった中條政恒は、この原野の開墾を郡山の富商たちに呼びかけ、阿部茂兵衛、鴫原弥作らが中心となって資金を出し合い、開墾会社としての「開成社」を組織し、開墾が進められました。
大槻原の開墾には、開成社の他に二本松藩士らが多数入植していて、開墾事業は経済や労働、それを支える精神等の面で容易なものではありませんでした。
開成社は、社則に、開拓者の心の拠り所として神社をつくることを規定しており、明治8年(1875)伊勢皇大神宮の御分霊勧請の儀を起こし、翌年許可を得て開成山に一社を建立。これが開成山大神宮で、皇大神宮から御神宝として、鏡、太刀、槍が贈られました。その太刀が、勝光です。
右側の案内板は、「槍 銘 国綱」。こちらも郡山市指定重要文化財。
明治9年(1876)開成山大神宮に伊勢の皇大神宮から御神宝として贈られたものの一つで、桃山時代の作、槍の身丈は25.1cm、刀文直刃で反りはなく、地鉄は板目で穴が一つあります。
現在は、本来の槍の形ではなく、柄を短く刀のつかのようにし、さやにおさめ、刀と同じ方法で奉納保存されています。
開成山大神宮には、勝光の太刀やこの槍とは別に、御神宝として数振の刀が所蔵されています。
御神宝。見てみたいな…
宝物殿の隣には、神楽殿。
社殿に向かって左手奥に進むと、柵に囲われた御社があります。
こちらは「桑野宮」。御祭神は、「開成山大神宮」と同じですね。
聖徳太子像。
聖徳太子像の由緒書きを刻んだ石碑。
16歳の時のお姿を表した像になるのですね。
歌碑。
境内を更に進むと、また別の御社が見えて来ます。
御社の脇には「古峰神社」と刻まれた石碑がありました。
「古峰神社」の社殿からまっすぐに延びる参道を進みます。あら?幟には「開成山稲荷大明神」とあるのですが…?
円柱形の石碑。こちらも記念碑のようです。
「阿部貞行碑」。ここ開成山一帯を開拓した阿部茂兵衛の顕彰碑になるようです。
「開成山稲荷大明神」の幟の建ち並ぶ参道を歩くと鳥居がありますので、くぐってから振り返って…
この神社は、やはり「開成山稲荷神社」になるんですね…
鳥居脇のお稲荷さん
「その2」に続く。
開成山公園
福島県郡山市開成1-5
開成山大神宮
福島県郡山市開成3-1-38
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