森川邸(森川家住宅)(その2)~広島県竹原市の歴史的建造物 | 九州下町おやじの珍道中

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2016年4月3日の三原・竹原散策の続き。
 
森川邸」の続き。
 
 
森川邸(その1)のレポ
 
 
続き間の一番奥から、濡れ縁に出て…。
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お庭も素晴らしいですよね。
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続き間の横に並ぶ部屋に移動して…。
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濡れ縁と手水石。この先には、風呂場があるようです。
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レトロな扇風機!
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続き間を進んで…。
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昔の塩田の風景写真が掲示されていました。
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その先の土間には、塩田に関する展示があって、パネルには塩田での作業を順を追って詳しく説明されています。
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竹原塩田の起こりと発展」。初めて芸備地方(広島県)で入浜式塩田が開発されたのは、慶安3年(1650)の竹原塩田でしたが、はじめから塩田を作る目的で開発された訳ではないとあります。
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新田開発の為、干拓が行われましたが、沖口の方は塩気が強く作物ができないので、そのままにされていました。そして、播州赤穂の商人が訪れた際に、塩田したら良いという提案があり、当時の代官鈴木四郎右衛門重仍(しげより)は、広島藩の許しを得て、赤穂から二人の技術者を招き、大石の入口に試しに塩田を造り成功。慶安3年(1650)に沖口沿いに31軒の塩田(慶安の古浜)を造ったということなのか~。
この塩田が多くの利益を生み出したので、新たに67軒の塩田が造られ、享保4年(1719)には、広島藩の塩からの税収の75%も占めるようになった…。
 
それで、鈴木重仍の顕彰碑が「地蔵堂」の境内に建てられていたのですね!
 
地蔵堂のレポ。
 

また、鈴木重仍の墓所は「長生寺」になるそうです。これもレポしてますよ(^^)
 
長生寺のレポ。
 
 
塩田で使用されていた道具も展示してあって…。
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たくさん展示されていますね。
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こちらは「手引き(浜引鍬)」。塩田を均したりする時に使用するものだそうです。
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こちらにも…。
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土間を更に進みます。
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その3」に続く。
 
 
 
森川邸(森川家住宅)
広島県竹原市中央3-16-33
https://www.takeharakankou.jp/spot/5821(竹原市観光協会HP
 
 
 
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