旧高取邸(その4)~佐賀県唐津市の歴史的建造物 | 九州下町おやじの珍道中

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先日2016年5月5日の唐津散策レポの続き。

旧高取邸」の続き。


旧高取邸(その3)のレポは、こちら


貯蔵庫」を過ぎると、「旧高取邸」のお庭の脇を歩くことができます。
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旧高取邸」の屋敷が右手に見えて…。
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歴史ある建物ですよね~。
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お庭にキレイ♪ここは、書斎や中座敷の辺りになります。
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奥大広間に、2階の大広間。いい眺めが見えたのは、この2階部分になります。
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奥大広間と2階大広間を別角度から。1階の大広間の奥に、能舞台があります。
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一回りすると、レンガ積みの煙突がある部分が見えました。ここは浴室。客人用になるのでしょうか。
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レンガ積みが渋いな~♪
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離れに、また小さな小屋が!
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こちらは、「東厠」。
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便器は撤去されてしまっているようですね…(^^;
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更に、屋敷を回り込んで…。
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2階大広間の表側と、1階は能舞台の後座の部分になるようです。
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一回りしたようです。
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大玄関の前に戻って来ました。
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大玄関を正面から。御屋敷の中に入ったのは本玄関。ここには玄関がいくつもあるんですね。
流石は、大豪邸。見事でした(^^)
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唐津市にある歴史的建造物「旧高取邸」。
この大邸宅を建てた高取伊好は、嘉永3年(1850)多久藩士鶴田家の三男として生まれ、9歳で姉の嫁ぎ先である高取家の養子となり家督を相続。
慶應義塾に入塾。その後、工部省鉱山寮に入り鉱山学を学び、明治7年には高島炭鉱に入り、大隈重信岩崎弥太郎らの知遇を得たそうです。
長崎の高島炭鉱に入ったことで、炭鉱王として名を馳せるようになったのですね。
御屋敷内部は、本当に見事で、床柱や欄間、タイル等の建材・部材がどれも高価なものばかりで、費用がどれだけかかっているのか!?と驚く程です。
これは、一見の価値あり!いいものを拝見しました(^^)

旧高取邸」を見学した後もまた、唐津散策を続けました。
その様子は、また後日。



旧高取邸
佐賀県唐津市北城内5-40
http://www.karatsu-bunka.or.jp/kyutakatoritei.html(唐津市文化事業団HP)



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2016年5月5日の唐津レポ

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