荏柄天神社 ~源頼朝公ゆかりの鎌倉の天神様 ~神奈川県鎌倉市の神社 | 九州下町おやじの珍道中

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昨年2011年の年末の鎌倉散策の続き。
鎌倉最古のお寺「杉本寺」を参拝した後は、鎌倉にある天神様で頼朝公に縁のある「荏柄天神社」に向かいました。

杉本寺の様子は、こちら

杉本寺」から歩いて来た金沢街道を鶴岡八幡宮方面に戻り、歌之橋の手前、鎌倉市立第二小学校で右折、北に向かう小道を進みます。暫く歩くと、「荏柄天神社」の参道にぶつかります。
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荏柄」は「えがら」と読みます。
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参道を進むと、朱の鳥居があって…。
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鳥居の手前には、例のまたまた鎌倉町青年団の史跡碑がありますよ!でもここは、文字が白い色が剥げていて、読めません…。以前はこんな感じの石碑ばかりだったのですが、最近は色を塗り直しているようですね…。
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古い辞書である「和名鈔」 に「柄草」という地名があります。現在はありませんがこの神社付近の昔の名前のようです。草の字はカヤと読め、エカヤがエガヤになり、後に文字を今のように当てたものと推測されます。神社の前の松並木を昔は馬場といいました。この社(やしろ)には菅原道真(すがわらみちざね)が祭ってありますが、建てられた年代はわかりません。源頼朝が初めて幕府を建設する時、この社が鬼門(きもん:東北) に当たるように選んでいます。それ以降の歴代将軍もこの神社を大切に保護しました。1548年に北条氏康(うじやす)は社の前に関所を設け、通行税を取り、神社修復の費用に当てました。江戸時代には、鶴岡八幡宮の工事ある毎に余った木材等を使用して、この社の修造を行うのが例になっていたということです。(e-ざ鎌倉・ITタウンHPより)
http://www.kcn-net.org/sisekihi/egara.htm (e-ざ鎌倉・ITタウンHP)

源頼朝公が鎌倉に幕府を開く際、この地に天神様がいらしたので、この南西の方角に幕府(御所)を置き、その西側に鶴岡八幡宮を由比の郷から移動させ、幕府の守りとした…。
また、北条氏康公が1548年に関所を設けたとありますが、これが以前レポした「関取場」になる訳ですね。

関取場跡の様子は、こちら

荏柄天神社」は、鶴岡八幡宮とともに、徳川将軍からも守り神として篤く信仰されて来たんですね。

鳥居をくぐると、石段があって…。
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由緒書き。福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに、日本三天神の一つに数えられているんですね!
境内は国の史跡、本殿は国の重要文化財に指定されています。
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石段を上ると神門があって…。
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神門をくぐると、正面に拝殿が。
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拝殿に近付いて…。賽銭箱の上には大きな鈴ではなくて、巫女さんが舞の際に鳴らす小さな鈴がいくつも付いているものでした。珍しいですね。
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拝殿の扉には、天神様の梅の御紋があって、穴も開いていました。
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拝殿に向かって、左手に進みます。写真の左手の大きな石に注連縄が掛けられていますが…。
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由緒書き。大きな石は「かっぱ筆塚」。河童の漫画を描き続けた清水崑さんが愛用の絵筆を供養し昭和46年に建てたものとあります。
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清水崑さんは、河童の絵で有名なんですね。そう言えば河童の絵を見たことがあります。
長崎市出身。展示館が以前レポした「中の茶屋」にあったんですね…。展示館に入れば良かった(涙)。
今度、長崎に行った時に中に入ってみようっと。

清水崑展示館HP」 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/shimizu/index.html
中の茶屋・清水崑展示館のレポは、こちら

由緒書きには「絵筆塚」が「奥にそびえる」とありますが…。

その奥に向かいます。石段の上に何かそびえ立っていますね~。行ってみましょう!
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おお~!これが「絵筆塚」か!それにしてもデカイ…(汗)。
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由緒書きには、「清水氏の遺志を継いで横山隆一氏らが平成元年に建立した」とあり、また「当時、日本漫画家協会に所属していた漫画家有志がそれぞれのキャラクターを河童のモチーフで描き、それらの作品一五四枚がレリーフされています。」とあります。
横山隆一さんと言えば「フクちゃん」ですね。

絵筆塚」に近付いて…。ホントに沢山の河童の絵が描かれていますね!
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知っている漫画家を探してみよう!と見回すと…。
ありました!小島功さん(中段中央)と園山俊二さん(中段左)!
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小島功さんと言えば、日本酒の「黄桜」のキャラクターの河童を描いていますよね。
でも、当初は清水崑さんが描いていたそうです。

キザクラカッパカントリーHP」 http://www.kizakura.co.jp/ja/c_top.cgi?id=1

園山俊二さんは「はじめ人間ギャートルズ」ですよね。懐かしい~!

ここには、な、なんと!ドラえもんが!藤子.F.不二雄さんと、サトウサンペイさんが。
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サトウサンペイさんと言えば、「フジ三太郎」ですね~。これもまた懐かしいです。

ここには、トリスの柳原良平さんもいらっしゃって。そうそうたるメンバーがいらっしゃいますね!
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絵筆塚」の脇には、由緒書きがありました。
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社殿奥に建つ本殿は国指定の重要文化財ですが、この本殿は、正和5年(1316)再建の鶴岡八幡宮若宮を、元和8年(1622)に始まる鶴岡八幡宮造営に祭祀、移築したものと考えられているとあります。
門の東側には、天神様が降ったと場所とされる位置に大銀杏があり、鎌倉市の天然記念物にしてされているともありますね。

絵筆塚」から社殿を。左手奥に重要文化財に指定されている本殿が見えますね。
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拝殿の右手、手前には鳥居がありますので、進んでみました。
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石段を上って行くと、また別の鳥居と洞窟がありました。
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鳥居の脇に小さな石碑があります。「熊野権現社」と書かれていました。
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洞窟の奥には、祠があるようです。これも鎌倉特有のやぐらなのかも知れません。
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神門の隣には大木が植わっていました。これが先程の由緒書きにあった鎌倉市天然記念物の大銀杏のようです。
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鎌倉幕府の中枢である「大蔵御所」の鬼門の方角にある「荏柄天神社」。
大蔵御所」が置かれたのは、この場所に天神様がいらしたからと言われています。
源氏の守り神である「八幡大菩薩」を祀る「鶴岡八幡宮」も移動させ、御所の守りを万全のものにする思想があったのでしょうね。
以来、源氏の守り神、将軍の守り神、そして武門の守り神として、武家の篤い信仰の対象となって…。

源頼朝公ゆかりの天神様。参拝者は結構いるんですが、こちらも意外と閑静で、落ち着いた雰囲気があります。
静かな鎌倉を満喫するスポットとして、お奨めです。

荏柄天神社」を参拝した後は、源頼朝公繋がりで、「白旗神社」に向かいました。
その様子はまた後日。



荏柄天神社
神奈川県鎌倉市二階堂74
http://www1.kamakuranet.ne.jp/egara/index.html



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2011年12月下旬の鎌倉散策レポ

日蓮上人辻説法跡の様子は、「こちら」
妙隆寺の様子は、「こちら」
東勝寺橋の様子は、「こちら」
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宝戒寺の様子は、「こちら」
筋替橋の様子は、「こちら」
関取場跡の様子は、「こちら」
歌之橋の様子は、「こちら」