今回は、インドネシア語と日本語の表現の違いを話したいと思います。
場面は、インドネシアに滞在していた日本人の話からです。
ある日、手伝いさんは、日本人にコップを落としたことを告白して、謝りました。
Maaf, gelasnya jatuh dan pecah.(コップを落として割れてしまいました、ごめんなさい。)
普段は、上のように謝れば、許してもらえますが、その日本人は逆に怒りました。
なぜでしょう
起こった理由は、その行為ではなく、謝る時に使った言葉にあります。
gelasnya jatuhのjatuhは「落ちる」の意味ですので、「コップが落ちる」になりますね。その日本人は、「コップが落ちたではなく、あなたがコップを落としたではないか!」と文句を言いました。確かに「コップが落ちた」と言うと、無責任に聞こえますね。
インドネシア語では、「落ちる」と「落とす」の単語があり、それはjatuhとmenjatuhkanです。
ただし、上記の場面のように、わざとではないときには、menjatuhkanは使いません。Saya menjatuhkan gelas.(私はコップを落としました)と言ったら、わざと「落とした」の意味になりますので、gelasnya jatuh(コップが落ちました)の方を使います。したがって、gelasnya jatuhという表現は無責任ではなく、「落としてしまう」の意味を表します。
他の場面:
財布を無くして、交番に広告したら、Saya menghilangkan dompet.(財布を無くした)よりDompet saya hilang.(財布がなくなった)と使いましょう。
場面は、インドネシアに滞在していた日本人の話からです。
ある日、手伝いさんは、日本人にコップを落としたことを告白して、謝りました。
Maaf, gelasnya jatuh dan pecah.(コップを落として割れてしまいました、ごめんなさい。)
普段は、上のように謝れば、許してもらえますが、その日本人は逆に怒りました。
なぜでしょう

起こった理由は、その行為ではなく、謝る時に使った言葉にあります。
gelasnya jatuhのjatuhは「落ちる」の意味ですので、「コップが落ちる」になりますね。その日本人は、「コップが落ちたではなく、あなたがコップを落としたではないか!」と文句を言いました。確かに「コップが落ちた」と言うと、無責任に聞こえますね。
インドネシア語では、「落ちる」と「落とす」の単語があり、それはjatuhとmenjatuhkanです。
ただし、上記の場面のように、わざとではないときには、menjatuhkanは使いません。Saya menjatuhkan gelas.(私はコップを落としました)と言ったら、わざと「落とした」の意味になりますので、gelasnya jatuh(コップが落ちました)の方を使います。したがって、gelasnya jatuhという表現は無責任ではなく、「落としてしまう」の意味を表します。
他の場面:
財布を無くして、交番に広告したら、Saya menghilangkan dompet.(財布を無くした)よりDompet saya hilang.(財布がなくなった)と使いましょう。