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インド・アラブ雑貨と民族衣装店ジジ!(へナ&ジャグアARTスクール主催)

東京の神楽坂にて、インド・アラブ民族衣装と雑貨レンタル専門店+メヘンディ(ヘナ)アート/ジャグアタトゥのスクールを営む店主のブログ。衣装や雑貨は、CM、TV、映画、PV、雑誌などで実績多数。

こんにちは、こんばんは。

 

今更ですが、藤井風さんの「満ちてゆく」という歌の歌詞が刺さってます。

 

なんかのコンサートで彼が、

 

「えー、生きてると良い事も悪い事もあると思うんですが、

良いことがあってもギューッと話さないでしがみつくんじゃなくて、

ありがとうって言って流して、悪いことがあっても、ありがとうって流して」

 

といってたんですが、それを現すような歌詞でした。

 

悪いことはさらっと流そうね、は、誰でも言いそうですが、

良いことはしがみつきたいじゃないですか?執着するじゃない?

 

でも良い事もそれにしがみつかずさらっと流せと。

手を放して軽くなれ、と言ってるみたいですね。

これは珍しい。

 

だって普通、人は執着するもんですよね。好きな物や大事なものに。

もしくは大事と思ってるものに、なのかな。

 

レストランが休業して、丸2年を越しました。

昨年の11月に東京地裁で勝ってから、更に1年経ちますが、まだ修繕されません。

店はピカピカで、私の趣味の限りを尽くして大変可愛いアラビアンカフェです。

 

でも大家が控訴したので、今高裁。裁判してる間に2年も経ってしまいました。

 

これは日本の司法制度の問題でもあります。

次回予約が1か月~2か月もあくので、6回のアポイントでも一年費やす。

その間に裁判官は、人事異動で4人も変わりました。。。

裁判官は、前回の内容を殆ど覚えておらず、前回の法廷で出された宿題を

用意しておいたところで、次回法廷にはその話題は一切出ないこともしばしば。

 

裁判官の人柄に依存するこんな法廷に、どれほどの意味があるんだろうか。。。

証拠が同じなのに、裁判官によって判断がかわるなんて事があっていいんだろうか。

 

裁判こそ、AIのような、人間の性格や感情に左右されない判断が必要なのでは?

と高裁では強く感じました。

それほど、裁判官がかわると状況判断が変わってしまうからです。

 

で、私は自分の作った店に愛着があり、当然の権利として明け渡す気がありません。

今の店が居ぬきで引き継いだままの店ならそれほど執着しなかったと思いますが、

私は私の思うように理想のレストランを作り上げました。

メニューも料理研究家の協力の元、オリジナルレシピから起こして、

地中海料理が中心の中東レストランです。
 

そして箱としてのレストランは、私好みの内装とインテリアと食器に囲まれ

厨房ですら可愛く見えるように、シンクすら装飾してありました。

 

感染症対策もばっちりで、レイアウトを変えて空気の流れを良くし、

新規にエアコンと空気清浄機と換気扇の3つを設置したのです。

これらは元々居ぬきのレストランに無かったものです。

空気清浄機は壁掛けタイプでデザイン性にも優れた可愛いやつです。

 

床も、毛場だった事務所っぽい床から、ノーブルベージュという大理石風の

つるつるした素材の床に張替え、清潔かつ掃除しやすく見目も明るくなりました。

厨房の中は空と水をイメージした水色に。これは自分の手で塗りました。

シンクはタイル模様で飾り、入り口のカーテンは金のゴブラン模様の生地に。

 

私が居ぬきで引き取った時、前のレストランは伸びしろの大きい店でした。

しかしレイアウトの問題でいつも暗く、換気が悪いのか匂いも強くて、

もったいないなーと思っていたので、そこを改善でき満足でした。

 

でも最近、私にも変化がありました。

 

所詮ここは私の家や土地ではなく、他人から有料でかりている場所です。

家主はここをお金を儲ける手段としか思っておらず、自腹で良い建物にする気は無い。

お金があるのにケチって修繕すらしない。

建物に愛着などかけらも無いでしょう。

お金のなる木に水すらやる気が無い下等な人間なのです。

そんな物件に、私がどんなに愛情やお金をかけて綺麗にしても、、、無駄ですね。

残念ながら全ては無駄だったということです。

 

私がこの店を今のようにしようと思ったのは、コロナがきっかけでしたが、

そうでなくてもいずれはこのようにしたと思います。

私は店のポテンシャルを最大限に生かしたいと思っており、ベストを尽くす質だから。

私は公道でさえ汚いのが嫌いで掃除をする質なのです。

誰がやるべきとか関係無くて、ベストな状態でないことが嫌いなのです。

しかし今回、大きく考え方がかわりました。

 

今回の経験は私の考え方を根底から変えたかもしれません。

そして同時に、執着ということについても考えました。

良い物でも悪い物でも、執着しないで手放すという藤井さんの言葉に。

 

で、判決はまだですが、私は今後この店を手放すことがある場合には、

私が良かれと思って作った全てをひっぺがして、がらん洞にして返す!

グラス一つ残さず撤収します。居ぬきにしません。