人生は一瞬の夢の如し。
(書かないと泣いてしまうから、ブログ書くことにします。)
おとといのことです。
私が眠っているときに見る夢は割といつも不思議なんですが、うたた寝でも夢を見ることがあるようです。
木曜の夕方のことですが、仕事でPC作業中に、うっかりうたた寝してしまい、夢をみました。
その日の私のフェイスブック。
日付変更。20日。少し落ち着きました。
神楽坂での“しのぶ会”の準備が始まっているときき、同じ想いを持つ人達と時間を共有できる機会を持てることが、慰めになっています。
本当に夢のような空間でした。下記は、昨年12月のカフェでの私。
隣には、ゆいちゃん(結染)が居ました。本の制作の打合せで。
キイトスさんは、「本当にここで撮るの?」なんて言ってましたが、撮っておいて良かった。
本に掲載できたのも、本当に良かったです。
普段は私は、ふらっと一人でうかがう事が多かったです。朝か、夕方に。
お店が空いてる時間帯を狙っていたわけですが、あるとき、キイトスさんと、どうやって死にたい?という話をしていて、「店の中でちょっとけつまずいて、よろけた瞬間に家具の角にでも頭をちょっとぶつけて、当たり所が悪くてうっかり死ぬ、みたいなのがいいよね」、と言って、笑っていました。
大事なポイントは、店に立ち、現役のまま死ぬということ。
自営業者のよく言うせりふですが、『死ぬときは、前のめりで』(つまり仕事中に)という事です。
武士は畳の上では死ねないと言いますが、あらゆる意味で“闘う男”だったキイトスさんは、ついに店から家に戻ることなく、店に一番近い病院に倒れ込み、そのまま逝かれました。
家に帰りたくない筈はありませんが、しかし同時に、現場を離れたくなかったであろうとも思います。
他にも死に関して、割と最近までいろいろお話してました。
私とキイトスさんは、“商売”と、“政治”と、もうひとつ、“癌である”という、共通の話題を持っていました。
お互いに癌に向き合う間柄だったため、率直な質問が許されたと思います。
春先に私が、「ぶっちゃけ、あと何年欲しいの?(笑)」ときいたら、「2年」と言ってました。
最低でも、店を引退したら、奥さん孝行のための海外旅行を計画してたので、そのための時間は欲しかっただろうと思います。
闘う気力もあったので、ぎりぎりまで色々やりたい事、言いたい事、一緒にいたい人など、あったと思います。
体の痛みやだるさは、あまり問題にはなっていなかったように思います。
楽になりたいなどとは、微塵も思っていらっしゃらなかったでしょう、そういう人では無かったと思います。
なぜなら、とっくに体は抗がん剤でボロボロになっていて、店に立っているのが不思議なほどでした。しかし、店に立つのは、強いモチベーションがあったと思います。気持ちはわかる気がするんです。
現場を離れることは、現役を引退することを意味するので、それは嫌だったんじゃないかと。
ーだから、ぎりぎりまで現場にいて、倒れて入院したと思ったら、あっという間に逝ってしまったのは、実にキイトスさんらしい気がします。
「こんなところ(病院のこと)に長く居るのはごめんだぜ。」っていう声が聞こえる気がします。
その後、キイトスさんが、おうちに帰ったか、お店に戻ったか、わかりません。
でもきっと奥様のそばにいるんじゃないでしょうか。
先に亡くなっているお母様のところに行くのは、もう少し先でしょう。
私には、「しっかりしろよ。」と、笑っている気がします。
人は誰でも死にますが、生き様を見せて頂いた気がします。とても尊敬していました。
ご冥福は祈りません。どうせ眠りませんからね。




