小室さんが会見で引退を表明しました。
これからの高齢化社会に、また、不慮の事故や病気に対して、家族を支える家族という存在について、世間の多くの人が共感し、考えさせられた会見だったのではないかと思います。
年をとって、ボケが出たりすると、本人は死の恐怖から開放されるから、それはそれで良いのだという意見があります。私の義父は昨年の春、極めてしっかりした頭で余命と向き合い、辛かったと思います。
なので、死の直前まで正気でいることが良いかどうかについて、本当にわからないですが、KEIKOさんのように、身体的な後遺症がないけれども、脳に後遺症が出て、性格がかわったり、実年齢より幼児化した家族と、夫や妻、親、子供として接する精神的な辛さは、とても想像できません。
とてもお気の毒に思います。
家に介護者が一人いると、結局、家族全員が倒れることになる、だから、ヘルパーや施設が活用されるべきでありその役割は重要なのだとよくききますが、物理的な問題だけでなく、精神的なフォローまでもを、どうやっていくのか、という、日本では割とスルーにされやすい精神面について、大きな問題をなげかけた会見ともなったのではないかと思います。
家族として、自分たちの手で支えたい、世間もそれが当たり前だと思って役割を期待している日本のような国ですが、実際には核家族化が進んで久しいので、大家族などほぼ残っていません。
少子化も進んでいるので、一人っ子も多く、世代間フォローも兄弟間フォローもない中、孤軍奮闘している真面目な日本人は、多いのではないでしょうか?
精神的な支えをどこかに求めなければ、妻の面倒をみきれないほど、追い詰められていたという風に見えました。
なんだかやりきれない会見でした。
これがフランスだったら、そもそも不倫で雑誌リークとか会見とか、ありえないですね。日本はいいかげんもう、大人にならなくてはいけないですよ。こんな報道は、恥ずかしいことです。
もっと大事なことが、たくさんあります。
今回の会見で、結果それが世間にも少し見えたのでは無いかという気がしますが、自分にとって大事な誰かが、ある日突然事故にあって後遺症が残る、病気を発症して後遺症が残る、もしくは日に日に悪化していく、そういうことは、誰にでも起こり得て、人事ではありません。
高齢化が進むということは、その率が上がることを意味しており、今考えるべきは、どうやってお互いを支えるか、そのシステムを、精神面も含めて、考えるべき。そう思います。
そう考えると、自分の体は自分ひとりのものではない。それを支える周りの人間皆のものです。
自分はコミュニティに支えられているのです。
ーところで写真は深夜に一人白玉しようとしてるとこです。笑
最近、寒いせいかこれを暖かい小豆汁で食べるのがマイブームなんですが、一緒に食べてくれる人が側にいてくれたら、更に幸せ。でも、その幸せを普通と思う頃に、「もしこれを失ったりしたら」という想像力を働かせてみるんです。本当は余り考えたくないんだけど。
永遠に続くように感じている日常も、いつかは終わる。今幸せと思うものは、今だけのものです。
動物には寿命がありますから。そして、運命もありますから。
私たちはとても脆いものなのだと、年をとるにつれ実感します。
