早1週間がすぎました。3月11日から。
というより、早3年が過ぎました。
11日の当日に、色々書こうと思ってたのですが、3年経ち記憶が薄れる部分があるにも関わらず、月日が経った今になって、じわじさとわき腹にこたえるカウンターブローのようなものもあるようで、なるほど精神というのは、脆くできているもんだと思い知る今日この頃です。
そう感じたら、ちょっとブログがかけなくなって、少しとまってしまいました。
ーが、時期的には、卒業式やブライダルのシーズンで、忙しく仕事してはおります。
3月といえば、人生の節目、人生の門出、季節も春です。
衣装屋のおかげで、春のたびにそういったシーンに立ち合わせて頂きますが、今年は、卒業式やブライダルの現場にお邪魔する機会がたまたま多くて、色々感慨深いものがあります。
若さや未来の可能性に満ちている子達が、まぶしくてまぶしくて、本当にまぶしかったです。
若さとは、若さを自覚していないこと、何もこわくないこと、なんだなと思いました。
若さが持つ強さというものを今更に知りますね。
そして、未来は若い人のためにあるものだと思いました。未来を作っていけるのは、年寄りではなくて、若い人達です。
そして、若い植物が育つのには、肥やしをたくさん必要としており、その肥やしが我々老人なんじゃないかと。
ご長寿大国でこんなこというとたたかれそうですが、自分も棺おけに片足つっこんだ人間なので、死に近いという意味では老人と一緒だと思っています。
で、死に行く人に未来なんか創造できないし、そんな力もないんですよ。穏やかな余生があれば幸いですが、この国ではどうでしょうか?。。。
思うに、植物のように枯れたら土の肥やしになって、次の命にバトンタッチに貢献できるのがいい。
つまり、どういう肥やしになるのかが、今、我々老人に問われているのではないかという気がするのです。
ところで、靖国神社の宝物殿の前の桜が、実はかなりもう咲き始めてます。標準木じゃないので、報道されませんけど、そろそろ桜の開花情報を公開する時期
ですね。ー開花情報は2006年からやってるんですけど、サイトメンテナンスしないと少し不具合があるみたい。デモ今年ももうじきスタートさせます。