こんにちは。
今月もいよいよあと2日。
今週末は6月ですね。
この時期は、私にとっても忘れられない時期です。
今から8年前、新採で2年生の担任をしたときに、すべてを投げ出したいと
思ったのがこの時期でした。祖父母を招く給食会がありましたが、その準備のさなか、
ふざけてやらない児童の肩をゆすり、涙を必死に抑えて「なんでちゃんとやらないの?」と
叫んだことがあります。
なんでやらないか?
答えは簡単。
担任が私だからです。
子供は、担任を、そして周りの大人を実はよく見ています。
目の前にいる大人が、自分(児童)をどう見ているかを敏感に感じ取ります。
児童は、時として私たちが思いもつかないことをします。
これは「行動」です。
でも、その行動の裏にどんな「思い」があるか見えていますか?
当時の私は、その児童の行動しか見ていないのです。
その子が何をした、何をやらかした。
その行動の裏にある気持ちや思いなんて全然見ることができない。
いや、見る余裕がないんですね。
例えば、クラスにとても優等生な子っていますよね。
授業中もたくさん発表し、提出物は完璧、先生のお手伝いもして、リーダーシップなんか取れっちゃったりして。
では、その子はどんな思いでそういう行動をとっていると思いますか?
もちろん、生粋の真面目な子である可能性もあります。
でも、そんなことばかりしていたら、疲れますよね?
実は、そんな子に限って、うちではわがままし放題だったり、
中身は冷めていて、こうやれば先生は自分を褒めてくれると高を括っていたり、
ただ優しくて、先生の思いに忖度した結果だったり。
あ、別にそれが悪いってわけではありません。
その行動は、その児童にとっての「居場所の確保」です。
子供たちは、常に教室の中で、自分の居場所を確保しようとしています。
どのポジションに自分は居るのか。
先生を困らせるポジションにいるのは、それが彼の居場所だからです。
そして、そういう行動をしないと、先生は自分を見てくれないからです。
1クラス30人いて、全員が優等生って気持ち悪くないですか?
だから、いろいろなポジションをとり、先生の気を引こうとしているんです。
行動しか見ない教師なら、行動で表すしかないですからね。
つまり、私はそういう教師だと思われていたんですね。彼から。
教師が向き合うべきは、児童の思いです。
もちろん、ダメな行動については、正さなければいけません。
人のもの勝手に使っちゃだめだし、話を聞かないといけないし、友達と叩いてはだめです。
ちょっとだけ、児童に寄り添ってみませんか?
それには、やっぱりよく児童を見ること。
おそらく、新採の場合、もうすでに苦しい状況にある人もいるでしょう。
でも、それはベテランも同じ。この5月から6月にかけては、
学級経営の中では最も苦しい時期でしょう。
新学期の疲れが出始め、運動会などの行事のある学校も多いでしょう。
授業範囲は多く、余剰の時間はないし、梅雨に入ると遊べなくなり児童のストレスが溜まります。
宿泊等の行事もあるでしょう。
上手に息抜きしましょう。
では、また。