ひと昔に流行した『余命〇年の~』というタイトル作品はご存知だろうか?

いくつか有名なタイトルもあるが、私が一番驚いたのが余命ゼロ日のヒロインが出るものだ。

全く関係のない他の映画を観に行った時に広告で流れたのだが、あれの題名はなんだったろうか。

ここで書き記しながら、気になったので調べてみた。

『君は月夜に光り輝く』だ。

この設定が、ストーリーをどのように展開していくのか気になってきたので、次はそれを読もうと思う。

 

開始早々に別の小説の話をしてしまったが、今回読んだ『いつか、眠りにつく日』は、これに近いジャンルの作品だった。

ただ、大きく違うところが1つ。

 

主人公の女の子が死んだ所から、この物語スタートする。

 

余命が何日かで驚いていた私にとって、いよいよそこから始まったかと目を疑った。

ただ、すぐには信じられないもの。幽霊となった状態で混乱していると、そこに一人の人物が現れる。その人物は、死者の案内人を名乗り、主人公の魂を成仏へと誘うのだ。

 

だが、成仏するためには試練があった。

それは、主人公が抱えている3つの未練を解消すること。

幽霊となった主人公は、自分の想い出を振り返りながら、その未練に向き合い、立ち向かっていく、という物語である。

 

端的に言うと、私は泣いた。

ドラマや映画でも、殆ど泣いたことはないのだが、この本に関しては涙が溢れてきて仕方なかったのだ。間違っても、電車や学校で読んではいけない。

 

この物語の素晴らしい事は、明日という存在が如何に素敵なものか、と考えさせられる所にもあると思う。

「明日やればいいや」「明日謝ればいいや」「明日言えばいいや」とつい思いがちな生活を皆さんは送っていないだろうか?

 

だが、勘違いしてはいけない。

明日は、約束されたものではないのだ。

 

例えば、生きるか死ぬかの二択が毎朝起きているとしよう。

 

それは、二つのパンのうち、片方には毒が入っている状態で、片方を選んで食べるようなものだ。

大げさな内容ではあるが、生きているか死んでいるか。二分の一だ。

 

そう考えると、おはようと今日も言えたことは、朝の占いでビリだろうがすでに幸せなことなのだろう。

なので、今日は私の星座はビリだったが気にしない。

 

死ネタ、というジャンルは、現代の作品も然り、不朽の名作も然り、美しくも残酷にも扱われている。

その理由は、一つの芸術的視点にあるのではないか。

 

死とは〇〇である、とはっきりと正しい答えを出せる人はいない。

救いでもあり、罰でもあり、恐怖でもあり、幸せでもある。

視点により変わるから、完成のしない認識で成り立っている現象だ。

 

数学のように明確な答えもなければ、明確な間違いもない。

 

そんな未完成な部分に、美しさを感じるのかもしれない。

石造で有名な『ミロのヴィーナス』も、顔と腕が欠けているからこその芸術性を持つと言われている。

ヴィーナスと言えば、愛を司る女神とされているが、恋愛も古今東西で扱われているジャンルだ。これも、不完全な芸術そのものなのかもしれない。

 

どんなジャンルが人気が出るか。というのは、執筆をする者なら一度は気になる部分でもあるのだが、どんなジャンルにも不完全な美しさと、そこから見い出した一つの答えが存在する。

いかにその答えを読者に届かせるのか、が名作において重要なことなのかもしれない。

 

今私が趣味で執筆しているものも、そういった答えを届けることが出来るのか。

色んな本から勉強し、技量を身につけていきたい。

その前に、この筆の遅さをとにかく改善しなければ……。

 

本に感動させてもらった分、自分の本でも感動させたい。

もうひと踏ん張り頑張るとしよう。

 

ではでは、今日はこの辺で。