懐かしい人への連絡は、なんとも緊張するものだ。
用事があるなら関係ないのだが、特に用もないけどふと思い出した時、どう切り出すかいつも悩み、そのまま保留してしまう。
ちなみ、この前かなり久しい友達から連絡があったので盛り上がったが、最終的に保険の話に繋がっていったのは良い思い出である。私も以前に営業の仕事をしていたので、その気持ちは凄く分かる。応援はしているが、今回は遠慮させていただいた。機会があれば、オンライン飲みでもしたいものだ。
さて、今回紹介する『ルビンの壺が割れた』だが、これもある男性から女性に送られる、久しぶりな便りから始まる。
珍しいことに、地の分が一切ない。全て、互いの手紙(正しくはメール)にて行われるやり取りだけで成り立っていた。
二十八年ぶりに男性は、昔付き合っていた女性をフェイスブックで見つけ、思い切って連絡を取ってみる。ここから始まる物語は、どこか時代錯誤な恋愛模様すら匂わせるのだが、そうじゃないということは表紙の雰囲気が教えてくれる。
私が買ったものが、読者の感想が沢山書いてある、いわゆる特製全面帯だったのだが、どの感想もポジティブなことを書いてない。
全てが「怖い」「騙された」「眠れない」など、もはや被害とも思える感想の山だった。
ここまで感想を寄せ集めてあるくせに、大きく書かれた「ネタバレ厳禁」の文字。
実際にこの本がどういうものなのかは、皆さんが手に取って確かめてほしい。
個人的には、珍しく何周もしてしまった。心地の良い不快感とでも言おうか、中々味わえない感覚だったので、また忘れたころに読み返したくなる作品だった。
ルビンの壺というもの自体が、目の錯覚アートで有名なものだ。
向かい合った二人の人の顔にも見えるし、個性的な壺の絵にも見える。
人間の脳みそは、利口なわりにすぐに騙されてしまうものだ。しかも、自分から騙されたい気分になることもあるから厄介である。
なぜ人間は予想外、意外性を好むのだろう。
「人の想像力は、その人の限界でもある」とどこかで聞いた。
想像できることは実現できるということだ。極論、空を飛びたいと願ったライト兄弟が飛行機を作ったが如く。
ならば、予想外とはすなわち、自分の限界の先にあるものであり、本来手に入る事が絶対に無かった領域だということなのだろう。
そして、予想外を経験することで、自分の領域も増えていくのではないか。
そう考えると、意外性を求める人間の脳みその気持ちも分からなくもない。
自分の可能性を広げていくために、そういった意外なことを見たい聞きたいという思考が生まれるのである。
だからこそ、読書は知識として経験として限界をどんどん広げてくれるのだろう。
思考の選択肢が増えることは、必ず何かに繋がって来るものだから。
なんて、少し難しいことを言っている風に語ってみれば、納得してくれる方もいてくれるのだろうか。私の文章に騙されて、利口な人だと思ってくれたら少し嬉しいかもしれない。
少しでも本当に利口になるために、次はどんな本を読もうか。
それこそ選択肢が多すぎて楽しい話だ。一冊ずつ、ゆっくり味わっていくとしよう。
それでは、今日はこの辺で。