パンッ
命の終わりを知らせる発砲音が響いた。
しかし覚悟した瞬間はなかなか訪れない。
美琴が再びゆっくりと目を開けると、そこには光の翼を纏った上条の背中があった。
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167 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 16:59:46.13 ID:iVJSIjE0
男の手から銃弾が放たれた瞬間にその少年は現れた。
目の前の少女に向けて放たれた弾丸は上条の身体に吸い込まれるように消えていった。
上条がこちらを睨む。
その瞳からは既に狂気は去り、黒々とした光を湛えている。
仲間の魔術師がこちらに向けて攻撃を放つが遅かった。
上条の翼が少女を守るように包み込む。
直撃するはずの銃弾や魔術はことごとく打ち消された。
上条は男から視線を外すと足元に倒れている偽土御門の前で跪いた。
胸部から背中に貫通している銃創に手を当てる。
するとたったそれだけで偽土御門の傷は何事もなかったかのように消え去った。
上条はゆっくりと立ち上がると辺りを一瞥する。
十人近くいた味方の魔術師は次々と倒れ、立っているのは上条と男だけとなった。
「全く馬鹿げた力だ」
男は低くつぶやいた。
168 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:05:03.14 ID:iVJSIjE0
上条は男の目を見た。
そこからは、何も読み取ることの出来ない、完全な無表情だった。
先ほどの男の話を思い出す。
この男も自分と同じなのだ。
信念を失くし、力に翻弄され、そして自分を喪った。
しかし、自分とは違いこの男には縋る者がなかった。
否、自分が奪い去ってしまったのだろう。
胸に鋭い痛みが走る。
しかし上条の視線は揺るがなかった。
男が口を開く。
「殺さないのか」
上条はわずかに目を細め、口を開いた。
「そういうことは俺より強くなってから言うんだな」
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169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:10:46.77 ID:iVJSIjE0
上条の背中から翼が消え、中から美琴が姿を現した。
美琴は地面に倒れ、気を失っていた。
「美琴……」
土御門が駆けつけ男を拘束すると、上条に声をかけた。
「安心しろ、極度の疲労と緊張、魔力の使いすぎで一時的に気を失っているだけにゃー。一時間もすれば目を覚ますぜよ」
それを聞いた上条は胸を撫で下ろす。
「久しぶりだな、土御門」
「だましてすまなかったな、カミやん。こいつはロシアの抵抗勢力の最後の大物でな。こいつの使う魔術のせいで今まで捕まえることができなくて、そこで俺がスパイとして送り込まれたってわけだぜい」
「仕事か……?」
「まあな。ま、こいつも俺の正体を知っていて利用していたようだし、とにかくだましたり、餌にするような真似をしてすまなかった、カミやん」
「美琴をまきこんだのは許せないけど、半分は俺の業だ。気にするなって」
「ま、とにかくカミやんのおかげで一件落着だぜよ。あとは俺が責任を持って後始末するから、カミやんはそこのお姫様を家まで届けてやるんだな」
「ああ、わかった。あとは頼んだぞ」
上条はそういうと美琴を背中に負ぶった。
「ああ、それと」
「なんだ、カミやん?」
「そこの土御門にも色々ありがとうと言っといてくれ」
そう言うと上条は美琴を背負ってその場を去って行った。
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170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:18:43.75 ID:iVJSIjE0
「おいおい、三下も随分派手にやりやがったなァ」
どこからともなく一方通行があらわれた。
「久しぶりだな、一方通行」
「その面で言われてもピンとこねェよ」
「そう言うな、気づいていたんだろう?だまっていてくれて助かった」
「まァな。気づかねェのは三下くれェなもンだ」
突然ヒュンという音が聞こえ、どこからともなく一人の少女が姿を現した。
「まったく人使いが荒いわね。妹さんは無事取り返してきたわよ」
「すまなかったな、結標」
「いいわよ、大切な妹さんなんでしょ。お互い様よ」
「このメンバーが揃うのも久しぶりですね」
いつの間にか身体を起こした海原が言った。
その顔も、いつの間にか土御門のものから海原光貴のものへと変わっていた。
「9ヶ月ぶりか」
「そうね……」
この4人がこうして顔を合わせるのは、昨年エイワスの手によってメンバーが壊滅して以来だった。
「組織はなくなってしまいましたが、こうして皆さんと再び会えて嬉しいですよ」
一方通行がチッと舌打ちし、低く言い放つ。
「ンなこたァどうだっていい。とにかく駒は揃ったんだ。やるこたァ決まってる」
「そうだな……」
全員が真剣な面持ちで頷きあう。
171 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:23:49.64 ID:iVJSIjE0
「とりあえず今日は解散だ。新たな隠れ家を見つけ次第連絡する。こいつの身柄は俺があずかるからお前たちは帰ってくれ」
土御門がそう言うと、結標はその場から姿を消し、一方通行も去って行った。
「お疲れ様です、土御門さん」
「海原、お前も必要悪の教会に協力してもらってすまなかったな」
「いえ、御坂さんのお役に立てるならよろこんで協力しますよ」
海原はさわやかな笑顔を顔に貼り付けて言った。
「しかし彼の力は本当に凄いですね。痛みすらありませんよ」
海原はそう言うと傷のあった居場所を撫でた。
「ああ、俺も直接見るのは初めてだ。それに……」
土御門は先ほどの上条の姿を思い返していた。
(ドラゴン……か……)
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。ここから先は俺の仕事だ。お前ももう大丈夫なら帰ってくれ」
「わかりました。では彼に伝えておいてもらえますか。『約束を守ってくれてありがとう』、と」
「わかった、伝えておく」
海原は笑顔で頷くとその場から去って行った。
172 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:38:06.40 ID:iVJSIjE0
***
美琴は夢を見ていた。
風邪をひいた時に見るような、得体の知れない恐怖に満ちた夢だった。
美琴は必死で上条の姿を探す。
ようやく上条の姿を見つけ肩に手をかける。
上条がゆっくりとこちらを振り向く。
その目は美琴を飲み込むかのように、暗く、赤く光っていた。
「っ!!」
美琴は目を覚ました。
慌ててまわりの様子を確認する。
美琴は上条に背負われ、いつしかの土手の上を進んでいた。
「とう……ま……?」
「気づいたか……」
上条は美琴を背負ったまま答えた。
「ここは……?」
「ああ、一応全部片付いてな。美琴が寝ちゃったから家まで運んでるんだ。あと少しで着くぞ」
美琴は先ほどの記憶を必死で思い起こす。
第6位のこと、突如現れた男のこと、自分に向けて放たれた銃弾のこと、そして最後に見た上条の姿を。
「とうま……?」
173 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:43:10.51 ID:iVJSIjE0
「なんだ……?」
その声は美琴の良く知る、いつもの彼の声だった。
しかし美琴は怖かった。
自分を背負っている目の前の彼が、どこか遠くへ行ってしまった別人のような気がしてならなかった。
上条が怖い。
そしてそう考えている自分が嫌でたまらなかった。
「あ……」
二人はいつの間にか見覚えのある場所へ来ていた。
「この河原……」
「どうした?」
「当麻、この河原覚えてる?私と当麻が出会った頃、ここで勝負したのよ。私の攻撃を当麻が全部消しちゃって、それで当麻がやられたふりして私が怒って追いかけて……」
上条が少し黙り込む。
「すまない……俺にはその記憶はない……」
「…………」
長い沈黙が流れた。
美琴が自分の胸に回す手に力を込めるのが伝わってくる。
しばらくして美琴がポツリと呟いた。
「私、生きていていいのかな……」
174 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:45:39.99 ID:iVJSIjE0
しばらく答えが返ってこなかった。
上条は自分を背負ったまま足を止めない。
美琴は後悔した。
何故こんなことを言ったのか。
彼を困らせるようなことを、彼を責めるようなことを。
やがて上条がゆっくりと口を開いた。
その答えは少し意外なものだった。
「それは……俺にはわからない」
「……」
「俺がどんな立派なことを美琴に言ったとしても、それは正しい答えじゃあない。美琴が信じること、それこそが正しいことなんだ。わかるか?」
美琴がゆっくりと首を横に振る。
「……俺はこの世界で生きていちゃいけない人間だと思うか?」
今度は激しく首を横に振る。
「でも俺は何人もの命を奪い取った。彼らや、その周りの人間にとって俺は殺したいほど憎い存在なんだ。それでも俺は生きていていいと思うか?」
「……」
「俺もかつてはそう思っていた。自分は生きていていい人間じゃない。死んで当然の人間なんだと。でも今は違う。生きていたい。美琴と一緒に生きていたい、そう思っている」
「……」
「でもそれは道理や理屈じゃない。お前と一緒にいたい。だから生きたい。それだけなんだ。何千人、何万人もの憎しみや怨嗟、それを背負ってでも俺は生きたいんだ」
「とうま……」
「お前は……生きたいか?」
美琴はゆっくりと頷いた。
「だったらそれでいいんだよ。邪魔するやつは蹴散らして、文句を言うやつはぶん殴って、そうやって生きてやればいい。俺はもうそう決めたんだ」
「……でも……」
美琴がそう言うと、上条は土手の上に会ったベンチに美琴をゆっくり座らせ、その前に立ち美琴の髪を優しく撫でた。
175 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 17:51:53.89 ID:iVJSIjE0
「……」
「……今日は怖い目にあわせて悪かった。でもどうしても学園都市の外にでないとならない用事でさ」
上条はそう言って、肩にかけていたブリーフケースから数枚の書類の入ったクリアファイルを取りだし、美琴に手渡した。
「……?」
「とりあえず見てみてくれ」
美琴がクリアファイルから書類を取り出し目を通すと、それは戸籍謄本ととある中学校への編入案内だった。
「え……?」
「実は今日、美鈴さんと旅掛さんに会ってきたんだ」
上条は数日前から美鈴に連絡をとり、旅掛と二人が揃う今日美琴の実家へ出向きあるお願いをしにいったのだ。
そのお願いとは、美琴を家族としてほしいということだった。
上条は妹達のこと、オリジナルと00000号のこと、全てを包み隠さず二人に話した。
「お願いです。俺は美琴に表の世界で生きていてほしいんです。1万人の妹達を放って置いて虫がいいと思われるかもしれません。それでも俺は美琴のためにできることをしたいんです」
上条は必死で二人に頭を下げた。
美鈴は上条の目も憚らず、大粒の涙を流し続けた。
旅掛も何かを堪えているようだった。
「わかった。美琴とその子さえ良ければ私たちも構わない。ただ一つだけ条件がある」
176 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 18:00:11.75 ID:opmhLF.0
***
「これで晴れて美琴も学園都市の住人てわけですよ」
そう言って上条は美琴に渡した謄本の一部を指差した。
そこにはこう書かれていた。
長女 御坂 美琴
次女 御坂 ミコト
「え……これって……?」
「うーん、我ながら少し強引だったかなと思うんだけど、向こうの名前を変えるわけにはいかないし、美琴の名前が変わるのも嫌だし、というわけで美琴は今日からカタカナでミコト。もちろんお前さえ良ければだけどな」
「で……でも……」
「もちろんオリジナルには話をしてある。喜んで承諾してくれたぞ」
「でもそんな簡単に……」
「確かに戸籍を捏造するのはただごとじゃないけど、上条さんには色々と素敵なコネがあるんですよ。だからミコトは何の心配もいらないよ」
上条はそう言って胸を張った。
177 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 18:02:06.08 ID:opmhLF.0
ミコトにはにわかに信じられないことばかりだった。
それでもミコトは嬉しかった。
再び光の下に出られること。
上条がどこまでも自分を大切にしてくれていること。
そして、いつもの上条が戻ってきてくれたこと。
「ありがとう当麻……ありがとう……」
ミコトは上条の胸に顔を埋めた。
いつの間にか目からは涙が溢れ出していた。
上条はミコトを優しく抱きしめながら口を開いた。
「ただいま、ミコト」
「え……?」
「……言っただろ、必ずお前のもとに帰ってくるって。今回はちょっと危なかったけど、約束は必ず守る。だからミコト……」
上条はそう言ってミコトの頭を撫でた。
「ただいま」
「……おかえり、当麻!」
178 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 18:07:18.50 ID:opmhLF.0
***
土御門は海原が帰った後、残った魔術師たちも拘束し、手配した必要悪の教会の人間が来るのをまっていた。
すると何もなかったはずの空間から一人の少年の声が聞こえた。
「あれ……ここはどこや?」
「青ピか?」
「あれ……土御門クン?随分久しぶりやなぁ」
「そういうお前もな」
「これはどういうことなんや?」
青ピは辺りを見回して言った。
「まあ、そこの男の仕業とだけいっておくか」
「へぇ、けったいな能力やな。ところで土御門クンもお仕事?」
「まあな、こっちで会うのは初めてだな」
「せやな、ところであのお嬢ちゃんはもう帰ってもうたん?」
「超電磁砲か?それならカミやんが連れて帰ったぜい」
「相変わらずカミやんモテモテやなあ。まあそれならええわ」
「ところで青ピ、用がないならここから離れてもらいたいんだがいいか?」
青ピは上半身だけ起こし、いつもと変わらないにやけ顔で言った。
「手、貸してくれへん?」
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179 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/22(木) 18:13:16.11 ID:opmhLF.0
***
上条とミコトは先ほどのベンチに並んで座り星を見ていた。
ミコトは上条の肩にもたれかかり、腕に手を回している。
あれから1時間ほどがたったが二人が動く気配はない。
「やっぱり学園都市だとあんまり星は見えないな……」
「そうね……でもこれはこれで綺麗なんじゃない?」
「そうだな……」
突然やって来た川風が二人を包み、ミコトが少しだけ身体を震わせた。
「寒くなってきたな……、そろそろ帰るか」
「いや……」
「でも風邪ひいちまうぞ?」
「ううん、違うの。そうじゃないの」
「……?」
「私が帰る場所はここなの……だから『帰る』じゃないの」
ミコトはそう言うと上条の背中に腕を回し、胸に顔をうずめた。
上条は小さく笑うとミコトの小さな背中に手を回し、抱き締めた。
「おかえり、ミコト」
「ただいま!」
終わり