あなたに温かいご飯を | とあるSSのクライアント

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とある魔術の禁書目録のSSのまとめブログです。


 夕暮れともなれば、普通の人なら誰でもこの後の食事の事を心配するだろう。
 それはこの学園都市でも同じだ。
 外界より数十年進んだ科学儀銃をもってしても人類は未だ空腹から逃れられないらしい。
 そして黄泉川愛穂の住むアパートでも、空腹を満たす為の行為――即ち夕食の時間が訪れていた。

「でねでね、一〇〇三二号ったら可笑しかったんだから! ってミサカはミサカは思い出し笑いしてみたり」
「おうおう、そーかいそーかい」
 目の前の食事を片付けるのもそこそこに楽しそうに話す打ち止めに、黄泉川もにこにこと笑顔で相槌を打つ。

 すると、その隣で食事をしていた芳川桔梗が箸を止めてため息を付くと、
「愛穂、無暗に相槌なんか打たないの。打ち止め、話に夢中になりすぎて御飯を零してるわ」
「はいはい、桔梗ママはうるさいじゃんねー」
「はーい、ってミサカはミサカは元気いっぱいにお返事を返してみたりー!」
 そんなやり取りを繰り返しながらも食事は進んで行き、
「ごちそーさまでした! ってミサカはミサカは満足げに言ってみたり。今日も美味しかったよ黄泉川!
 ってミサカはミサカはお世辞を言ってみる」
「お粗末さまでした」
 先に食事を終えていた本日の食事担当の黄泉川はぺこりとお時儀を帰す。
 ところが、何時もなら食事が終わったらすぐに何処かに行ってしまう打ち止めが、今日は何時まで経っても席から離れない。
 しかもその視線はじっと自分が食べた跡を眺めているのだから、自称保護者の大人2人も心配するなと言う方が無理だった。

「どうしたの?」
 芳川が先にそう切り出すと、打ち止めは視線を2人に戻してから、
「初めて食べたご飯を思い出したの、ってミサカはミサカはのすたるじぃに陥ってみたり」
「お」
「ふむ」
 打ち止めの告白に黄泉川と芳川が奇妙なリアクションをする。

「あの人はお腹の減ったミサカにご飯を食べさせてくれたの、ってミサカはミサカは大事な思い出を披露してみたり」
 その言葉を聞いて何を感じ取ったのか、黄泉川と芳川は同時に視線を宙にさ迷わせたかと思うと、
「刷り込み(インプリンティング)」
「あ、それそれ! 私も思ったじゃん」
 お互いに指差し合ってイメージが一致していた事を確認し合う。

 そして、小鳥扱いされた打ち止めは、
「そこの熟年コンビは何を言っているのかな? ってミサカはミサカはちょっと憤慨して言ってみる!」
 すると、
「だれが――」
「――熟年じゃんよ」
 同時に掴みかかる様な手が伸びて来て、そんな魔の手から逃れる様に打ち止めは席から転がり落ちると、
「うわわわわ!? ってミサカはミサカは藪から蛇が出て来た事に驚いて逃げてみたりっ!」
「こらラストオーダァー! ちゃんと歯を磨きなさい」
「まだ寝ないから平気だよー! ってミサカはミサカは言ってみたりっ!」
「そう言って寝ちゃうじゃんよ? 何かする前に先に歯を磨くじゃん」
 逃げた打ち止めの後を追う様に黄泉川がのんびりと歩いて来る。

52 :『あなたに温かいご飯を』2/5 ◆kxkZl9D8TU:2010/07/02(金) 13:42:27 ID:w.R8CvsU

 すると部屋の片隅に蹲った打ち止めは黄泉川をチラリと見上げてから、
「あのひとにメールするの、ってミサカはミサカは携帯相手に孤軍奮闘しながら答えてみたり」
 視線を手もとの携帯電話に戻すとかわいい指をボタンの上で踊らせる。

「そか」
 簡単に引き下がって来た黄泉川が芳川の隣に座る。

「だってさ」
「愛穂」
「桔梗は過保護じゃんねー。わーったわーった、私が責任もって歯を磨かせるじゃん」
 そんなよくある日常が今日もゆっくりと流れて行くのであった。




 コンビニで何時もの様に缶コーヒーを大量に買い物かごに放り込んでいた一方通行は、急な電子音に動きを止めた。
「ン?」
 続いて空いている手をポケットに突っ込むと、その中から携帯電話を取り出した。
 着信した手で文字が躍る液晶には『ラストオーダー』の文字とメール着信のマークが点滅している。
 軽いスナップを利かせて折りたたみ式の携帯電話を開いて着信しているメールを開く。
 するとそこには短い文章で、


『あたたかいごはん食べてる?』


 とだけ書かれていた。
 メールの内容が理解できなくて一方通行はその場に固まってしまう。
 それから自分の足元にある買い物かごの中に視線を移すが、
そこには缶コーヒー、しかも冷たいものばかりで、打ち止めの言う『あたたかいごはん』は見当たらない。

「チッ」
 一方通行は舌打ちしてから携帯電話をポケットにねじ込むと、買い物かごを持ち上げてレジに向かおうとした。
 所がそれを阻止しようとするかのように、またもポケットの中からくぐもった電子音が鳴り響く。

「ンだよ一体?」
 吐き捨てる様にポケットから携帯電話を取り出して開いてみると今後は、


『あたたかいごはんだよ♪』


 そのメッセージと共に湯気の立つご飯が入った炊飯ジャーと、それを抱えてにっこりほほ笑む打ち止めの姿が写っていた。

53 :『あなたに温かいご飯を』3/5 ◆kxkZl9D8TU:2010/07/02(金) 13:42:45 ID:3Z9SSo/s

 その写真に平和そォで何よりだ、と一瞬和みそうになった一方通行だったが、
すぐさまボケた頭を振って目覚めさせると、メモリーから打ち止めの電話番号を呼び出して通話ボタンを押す。
 そして店の中だとかそんな事はお構いなしに耳に当てると、数回のコールののち通話が繋がる独特の気配が耳朶を打った瞬間、
「おい打ち止め。テメェなンだ一体?」
 間髪いれずに一方通行は電話の向こうに居る筈の少女に向かってそう切り出した。

『いきなり何で不機嫌なのかな? ってミサカはミサカは聞いてみたり。あ、でもでもあなたって機嫌が良い時の方が少ない、
 あ、いや、機嫌がいい時なんてあったっけ? ってミサカはミサカは思考のループに陥ってみたりー』
「おい」
「そう言えばミサカネットワークの記憶でもあなたが笑ったの見たけど怖いのばっかりだったね、
 ってミサカはミサカはもしかしてあなたってユーモアセンス欠落中?」
「だあッ! 俺のユーモアなンかどォでもいいだろォが! つか、俺の話を聞けェェェェええええええッ!!」
 思わずそう大声で怒鳴ると、店の中に居た客が一斉に逃げ出して行く。
 店員も逃げ出したそうにレジの端まで非難するが、辛うじて使命感が勝ったのかその場に踏みとどまっている。

『もう何であなたはすぐに大きな声を出すのかな? ってミサカはミサカは疑問を投げかけてみたり』
「クソガキ、これ以上不毛なやり取りすンなら電話切ンぞ」
『あ、ごめんなさいごめんなさい、ってミサカはミサカは薄情なあなたの久々の電話を一分一秒でも引き延ばそうと努力をしてみたり。
 で、何のお話? ってミサカはミサカは聞いてみたり』
「なンで飯なンだよ?」
『え? ってミサカはミサカはあなたの言った言葉が理解できなくて聞き返してみたり』
「だァ、かァ、らァァァああああああああああ! なンで『あたたかいごはん』なンですかって聞いてンだよォ!!」
 叫びと共に、ダン!! と大きな音を立てて脚を踏み鳴らすと、何とか踏みとどまっていた店員も店の外に逃げ出して行った。
 コンビニの中にポツンと1人取り残された一方通行は、そんな事など気付く素振りさえ無いのだが。

『あなたは1人だとご飯ちゃんと食べて無いかななんて思ったの、ってミサカはミサカはあなたの体を気遣う献身さをアピールしてみたりっ』
「よけェな御世話だ!」
 乱暴に電話を切ってポケットに捻じ込んだと同時に三度ポケットから電子音が響くと、
一方通行の額に音がしそうなくらいの太い青筋がビキビキと浮かび上がる。

「しつけェぞクソガキ! こンどは一体なンだ!!」
 そう怒鳴って電話を切ろうとしたのだが、ふと様子が違う事に気付いて耳を澄ます。

「おい」
『……これだけは聞いておかなくちゃと思って、ってミサカはミサカは怒ってるあなたにドキドキしながら切りだしてみたり。
 今度は何時会えるの? ってミサカはミサカはあなたに聞いてみる』
 毎回何かに付けて繰り返される同じ質問――、
「さァ、何時だろォなァ」
 ゆえに答えもいつもと変わらない。素っ気なく、味気無く、心に残らず、忘れても構わない様な。
 明日も知れない一方通行におあつらえ向きの薄っぺらで何の意味も無い言葉。

『……待ってるね、ってミサカはミサカはしょんぼりしながらも健気な所を見せてみたり』
 何時もならそれで電話を切る筈なのに、何故かこの日の一方通行は「どォした?」と聞いてしまった。

『うん? あ、何でも無いよ、ってミサカはミサカはちょっと失敗した事に後悔したり……。
 そうだ! 今度帰って来た時はミサカが手料理を食べさせてあげるね! ってミサカはミサカは話題のすり替えにチャレンジしてみたり』
 またも引っかかる言い回しに眉間に皺が寄る思いだが、言っても仕方がないと諦める。
 そもそも何時もと違う事は一方通行の方なのだ。自分がしでかした事で彼女を責めるのはお門違いも甚だしい事だった。

「ふゥン……、ま、期待しねェでおくわ」
『軽くあしらわれた!? ってミサカはミサカはショックを受けてみたり! これは頑張ってでもあなたを見返さないといけないね、
 ってミサカはミサカはミサカだって女として成長しているのだと言う所をアピールする時期が来た事を感じて武者震いしてみたり!』
 その後二言、三言言葉を交わせば元の打ち止めに戻っていた。

54 :『あなたに温かいご飯を』4/5 ◆kxkZl9D8TU:2010/07/02(金) 13:43:05 ID:w.R8CvsU

「切ンぞ」
『あ、待って!? ってミサカはミサカはこれで最後にするからってしおらしくあなたを引き止めてみる』
「まだ何かあンのかよ? 俺ァ買いもン中で忙しいンですけど?」
 一応迷惑そうな響きで予防線を張る。電話の向こうに居る少女は時として一方通行の予想をはるかに上回る事をしでかすのだ。

『大好きだよ、ってミサカはミサカは勇気を出して言ってみる……』
「ああ」
 内心自分で声が出せた事に驚いた。
 今までも好意を表す言葉はいくらでも浴びせられてはいたが、こう、何と言うか、気持ちをにじませたものは数少ない。

『ああ、じゃ無くてあなたはミサカの事をどう思ってるのか聞きたいな、ってミサカはミサカは言葉巧みにあなたの本音を聞き出してみたり……』
「寝言は寝てから言えクソガキ」
 くだらねェ理由でメールして来ンなら返事しねェぞ、と思わず喉まで出かけたそれはのみ込んだ。
 冗談でもそれを言うとまた打ち止めが家を飛び出しかねない。
 余計なリスクは増やさない。暗部で生き続ける人間としては基本中の基本だ。

「じゃあ、切るからな」
『うん、ってミサカはミサカは名残惜しそうに返事をしてみたり……』
 何時もならそんな言葉など聞かずに切ってしまうのに、
「……打ち止め」
 微かに残る未練の様なものが言葉となって零れ落ちる。もしかしたら先ほどの告白に当てられたのかも知れない。

『どうしたの? ってミサカはミサカは今日のあなたは何だか変だねって心配してみたり』
「お前だけだ」
『え? ってミサカはミサ――』
「じゃあな」
 早口でそう言うと有無を言わさず電話を切った。いや電源も切ってポケットに捻じ込んだ。
 足もとに忘れかけた缶コーヒーの山を見つけて、それの入った買い物かごを手に取る。
 そして一方通行は何事も無かった様にレジ――では無くお弁当おにぎりコーナーに向うのだった。




「こら打ち止め寝るんじゃ無い……って、顔真っ赤じゃん!?」
 いつの間にか床の上に伸びて居た打ち止めを見つけた黄泉川が素っ頓狂な声を上げると、新聞を読みふけっていた芳川が顔を上げる。

「どうしたのよ急に?」
「判らないけど、判らないけど、判らないけど判らないなりに……」
 テーブルの上に投げ出してあった携帯電話に飛びついた黄泉川に、芳川は一瞬あっけにとられる。

「何処に電話するつもりよ?」
「あの例の医者が居る所。あそこなら妹達(シスターズ)の事も有るから打ち止めだって安心じゃんよ」

55 :『あなたに温かいご飯を』5/5 ◆kxkZl9D8TU:2010/07/02(金) 13:43:24 ID:mI44ZP1Q

 理由を聞いて、ああなるほど、と納得してから、
「あ、コラ!? 私がここに居るのに何の手当てもせずに電話なんて掛けないでよ!」
「ならさっさとするじゃん桔梗!」
 そう言って黄泉川が打ち止めを指さすと、その打ち止めの傍らに落ちて居た携帯電話から着信音が鳴り響く。
 芳川はそれを手に取り、着信ボタンを押して耳に当てる。

「……もしもし」
『こんばんは、とミサカ一〇〇三二号は挨拶します』
「ミサカ一〇〇三二号!? な、何で?」
『急に上位個体がネットワークから外れたのでおかしいと思って連絡しました、とミサカは説明します。通常この様な連絡方法はミサカには必要無いのですが万が一の手段として先日交換しておいたアドレスが役に立ちました、とミサカは詳細を丁寧に説明してみました』
 その何時も通りの流れる様な会話に思わず芳川も「あ、そうなの」とのまれそうになる。

「ちょ、それはいいのよ。ネットワークから外れてるって? 何が有ったのかしら?」
『不意の一撃に心がショートしたようです、とミサカはミサカたちの能力に掛けて表現してみました』
「ショ、ショート?」
『好きな異性から告白にも似た言葉を投げかけられた事による脳内伝達の異常です、
 とミサカは上位個体のチープなリアクションにガッカリしますがちょっと羨ましくも思います』
「あ、あの、ちょっといいかしら?」
『はい、何でしょう? とミサカはこの携帯電話とは中々使い辛いのですねと実感します。相手との意思疎通が難しいです、
 とミサカは感想を述べます』
「あなたたちのネットワークに比べたらね……。それよりあなたの言い回しが難しくて理解出来ないんだけど……?」
 芳川がそう聞き返すと、しばしの沈黙の後、御坂妹はこう答えたのだ。



『恋です、とミサカは一〇歳前後のお子様に恋心を抱かせた変態に軽蔑と同数の嫉妬を覚えます』



 それでは後はよろしくお願いします、と言って電話が切れた後、芳川は黄泉川にも事情を説明した。
「取り合えず寝かせましょうか」
「そうじゃんね」
 芳川が打ち止めを抱え、黄泉川がその後を付いて行く。
 そんなたまには違う日常も、今夜はゆっくりと流れて行くのであった。




END