現在ナビゲーター世界史を読見進めている最中。
魏晋南北朝~唐あたり。
巻2はペルシア~インド~中国と話が展開されていくが、
1~2世紀ごろ、
ペルシア地方ではパルティアが、
インド西北ではクシャーナ朝が、
そして中国では後漢が成立、繁栄していた。
ナビゲーターでは丁寧に折に触れて、例えば、
後漢の話の際には『同時期のインドではクシャーナ朝が繁栄していました。』などの記述をしてくれる。
そこで、あーそうなんだと横のつながりを認識させられありがたい。
ただ記載の都合ではなく、当時実際にそれらをつなげてしまった人がいたことにとても驚いた。
甘英という人物は、匈奴と戦い『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という故事を残した班超の部下。
その班超に命ぜられ、大秦(当時のローマ)に派遣された。(でもローマにはたどり着けなかった。)
しかし後漢を出発し、クシャーナ朝、パルティアを経由し、シリアまでは到達している。とんでもない距離だ。地図上で見ると上記王朝はみごとに一直線で結ばれる。
この遠征の後にシルクロードが完成・栄えたというのだからなお興味深い。
また東南アジアでは当時のローマで流通していた通貨なども発見されているわけで、陸やら海やらで実際に各地域をつなげてしまった人がいたのはすごい。

