以下のセミナーに参加してきた。↓
イケメン友人が広大出身者で,
本人は行けないというので,
代わりに私が申し込んだ。
タイトルからもわかるように,
相当上から見た言い方のタイトルのセミナーで,
ちょっと見,カチンと来ますが,
そこはちょっと我慢して・・・・。
あなたに何がわかるのさ~,あんたあの子のなんなのさ~。
港のよ~こ・よこはまよこすか~(宇崎竜童)
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大学の教育学部の先生方も
次代を担う教員の育成にご尽力されているいることがよく分かり,
その御苦労の程を多少なりとも知ることができて・・・・・
良かったのかな?
しかし,
第二部で,入り口の学生が居眠りしていたのは本当に目についたので,
そういうところは,どうにかしたほうがいいと思う。
教師になる以前の問題だし,そんなのものは。( ̄へ  ̄ 凸
私の学生なら,張り手を食らわせるし。
以前,柳瀬先生のブログに載っていた文章を書いていた利発そうな学生さんもおられると思い,私の中の小人が,「まぁまぁ,どー,どー」と押さえてくれた次第。
・・・・・・・・・・・・・・・・γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
前の席には広島大学の学生さんが多く参加していらして,
こういう話を学生時代から聞くことのできる環境は,教員養成の場としてはエリート達が巣立って行ってほしい場所だし,そうなれる使命があるとも感じたのも事実。
広大の教育学部の学生さん,がんばれ~!そして,現場で待ってます!
(*^ー^)ノ 注*大変ですけどね。特に英語は。
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さて,そろそろ本題に入ろうかと思います。
まず,広大付属の中高の校長が,広大の教授だってことに驚いた。
国立大学の教育学部と付属学校は大学の医学部と大学病院のような,
ちょっぴし似通った部分があるのではないかと思ったわけ。
その道のプロを作るための実験台となる現場と,あーじゃねー,こーじゃねーって議論し被験者を使いながら,最新科学たる研究の成果を上げたい人たちの○○。人類の貢献に必要だと信じる使命のところのものの何か。
子どもも大人も実験台に一度乗れば,否応なしに分析され実態と切り離され,議論され,モノのようになるのかなぁと想像したりもした。
午後には
授業は英語での現状と課題という分科会があって,
最初,樫葉みつ子さんからの趣旨説明があった。
軽快なしゃべり口の女性で好感が持てる。You Tubeに「いちご」の語彙指導の画像が出ていた方だと思いながら聞いていた。この方も現場の教員だったということで,ある意味,教員のエリートなんでしょうね。
私にとっては,退職まで一教員として教鞭をとり,退職された先輩の先生方の方がずっと励まされるし,実際,話が面白いし尊敬している。だって,現場は戦場みたいなところだから。戦地に40年以上向かう勇敢な人のほうが絶対すごいじゃありませんか?そうでしょう?
その後,3人の講師の方が発表された。
それぞれの持ち時間が20分という短い中でのお話だった為,不十分で残念な気がした。しかしながら,初めて,発表を通してその講師の方のお考えを知るには,あんまり長すぎても困るので,20分くらいが妥当かもしれない場合もある。
そして,今回私がもう少し聞きたいなぁと思った講師の方は二人。
一人目は明治学園中高の井ノ森高詩さん。
河合塾の調査を紹介された。
All English型 と Standard型の授業が与える英語力の違いについてだ。
・All English型とは以下のことを実施している学校で英語を学んだ高校生
・学校単位で英語教員全員が英語で授業をしている
・毎回の英語の授業を英語でしている
・授業のほぼ全てを英語でしている
・教員が英語を話す
・生徒が英語を話す
・Standard型とは従来の和訳式の英語の授業で英語を学んだ高校生
結果は,
・リスニング力ではAが優位
・和文英訳では 優位差なし
・英文和訳ではSが優位
ということだった。
英語で英語の授業を受けた高校生たちは,
文法を無視して,頭から訳してつなぎ合わせる。知っている単語・品詞を無視して繋いで,なんとなく日本語(英語)で表現する。
従来式の授業を受けた高校生たちは,
シンタックス(文法の規則に従がって)に注意を払い,文型も意識して文意を理解した上で,日本語(英語)で表現する。
大学が求める言語力(大学の研究生活に必要だと大学側が考える言語力)とは,
・英語を適切な日本語に出来て,日本語を適切な英語にする力
・2つの言語(英語・日本語)で正しく情報を取り込む力
・2つの言語(英語・日本語)で正しく情報を表現する力
すなわち,以上の力を身に付けさせるには,
全てを英語で行うと教える上で効率の悪い場合がある。
初めて読んでもすぐ理解できる程度の優しい英文を大量に読ませ,
ちょっと難しいものを精読させることも織り交ぜながら英語力を身につけさせていく。
先生が提案したのは,
「授業者自身が,英語・日本語いづれかが,
どの場面でどのように効率よく使って指導できるかを,判断してすすめてはどうか。」
ということだった。
これについて,
私には質問があった。
この手法で,英語教師の度量と判断に任せてしまえば,
今まで以上に教師の主観的な判断でもって授業を進めることによって,
教師によって生徒たちの英語力の差が出てきてしまうことは考えられないか。
どこでスイッチ(英語か日本語か)を入れるかが曖昧なため,経験の浅い教師にとって非常に難しいことを強いることになる。
前にいる生徒の多様性が分からない教師たちにとって,教壇に立つことすら恐怖を与えかねないこと。生徒だって訓練のない先生に教えてもらうことの恐怖が拭い去れない。
そういうのを強いられるなら,いっそのこと本当に教科を変わってしまいたい気持ちになる。生徒の将来を決める責任重大な職務となる,ある意味教員を追い込むような手法だからだ。
でも,基本的に井ノ森先生には共感できることがあって,思い当る同じ経験をしているのと,質問しても意地悪く返ってこない感じがしていい。
2番目の小橋先生は,
さぞかし優れた生徒ばっかりの恵まれた環境におられるのだなぁーということだけはわかるような気がして,私にはあんまり参考にならなかった。
だから,何?それができたら何?って感じだった。
義務とか忠告とか?そういうところでないんですよね,私が目の前にする子供達が望んでいるのはそうではないんです。
なんで私がそのように述べるかというと,
前日(9日)の飲み会によるのだ。
今,わたしは少年団の育成会会長の任を預かっていて,
その他の競技(バレー・バスケ・バドミントン・サッカー)の監督と会長と飲み会に参加し,坊主の小学校の先生方も来られていて,大学付属小学校の話をお聞きする機会があった。
育成会(保護者)の中には小学校の先生もおられて,ぶっちゃけ話がいろいろ聞けた。ある小学校の先生のお子さんは付属に行かれていて,他の小学校との違いがよくわかって教えてくれた。
例えば,付属小の先生方は,研究発表等で忙しい為,よく授業を空けて子どもたちに自習させ,他の先生方の授業を参観されていること。
ご自身が研究される教科がメインになるため,体育専門の先生は体育ばっかり,国語なら国語ばっかり,理科なら理科ばっかりの偏った授業数になること。
見た目が良い感じに仕上げるため,理解できていない生徒はそのまま放置すること。理解できていないまま試験を実施する為,試験の点数が悪い子はとことん悪い。家庭で親が勉強を教えないと,結果が悲惨になる。それは,家庭の教育力のない人はついていけないことを意味していること。
なんか,その話は散々だった。
見た目の良さと実情は結構違うことを知っているがゆえに,私にバイアスがかかりました。
先生が悪いのではなくて,付属校の教員の多忙さと,時に知・徳・体のアンバランスさ,余裕のないシステムのせいです。
さーせん。
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(私がもう一回詳しくお話が聞きたいと思う)お二人目は,
最後の柳瀬先生の,コミュニケーションとはどういうことぞ?ってことをできるだけ分かりやすく説明しようとしていたところだ。
新学習指導要領になって,バカの一つ覚えのようにコミュニケーションという言葉が先走り,教科にもなり(ほんとうに頭が悪い教科名称で,出てくるたびに血圧が高くなってしょうがないんですが),現場の英語教員が逃げ出したくなるような心境の中,
懇切丁寧に,「コミュニケーション」って一体どういうこと?
それって,英語の授業で身に付けさせることが可能なの?と投げかけ説明しようとしていたような気がしたからだ。
先生たちが,英語で英語の授業?一体全体大丈夫かしらん?っと不安がり,
これでいいんだろうねぇと疑心暗鬼になり,それってなんぞ?っと謎めいている中,
英語の授業もコミュニケーションなのよ,あんたたち!
僕は体制側だから,あんたたちには英語で授業をやってもらいますけど,それは僕のせいじゃないから,僕に文句を言わないでね(片目瞼をバチッ!)って感じであれなんだけど。
まぁ,過去のパブコメ拝見してるから,先生のことはどうにかこうにか聞いてみようかなという気にはなっている状態です。これからの出方でどうなるかわかりませんけど。( ̄^ ̄)
コミュニケーションの6側面から考える「授業は英語で」
・コードモデル
・ヤーコブソンモデル
(呼びかけ・応え・出会い・作品としてのイメージ)
・英語教育と訳の効用
授業は英語で
1 情緒的な呼びかけ
2 心身が解放されている状態
3 出会いの場
4 平仮名化(これは怪しい,私のメモが間違っているかも)・作品化
5 背景世界
6 解説が抽象的
の側面から生徒の目標とする英語コミュニケーションについて検討
んー,よくわからないから,
紹介された本を読んで,私なりにまとめることにしよう。
私にもコミュニケーションに関しては,
いろいろ思うところがありまして・・・・・。
「共有すること」に関しての意識と無意識。深層心理の言語心理学系のあれです。
ざっくり以上。
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博多の駅前にあるホテル日航福岡に泊まり,
(部屋から見えた庭園)
フロントでラグジュアリーに変えてもらって豪華な夜だった。
フロント近くの「夜間飛行」という高級バーは,
K姉さんが,おすすめのバーで,
今時珍しく,ジャズピアニストの生演奏が聞ける。しかも毎時間。
椅子もテーブルも,バブル期の余韻が残っていて,贅沢で幸せな気分になった。
初めて担任した時の学校の教え子が,福岡でアパレル関係の職についていて,会えるかなぁと思っていたけど,夜遅くまで仕事があって会えず。
ボルドー産の赤ワイン一杯と,
マーマレードカマンベールを頼み,
チャージ入れて4千円也。
高っ!
教え子が来ていたら,相当な自腹を切らねばならなかったので,
会えなくて良かったかも。(^_^;)
坊主とサウンドオブミュージックのミュージカルを見て,子供たちの演技に感動し,
水族館(これで何度目かしらん)にも行って家族サービスし,
お土産として,行列のできていたバウムクーヘン屋さん(滋賀の本社で全然福岡のものでない)に,無意識に並んでしまい購入。
そんな感じで束の間の研修終わりマスタ。