臨床心理士の先生のお話 「こころ」の器② | 女王様のブログ

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臨床心理士の先生のお話 「こころ」の器①はこちら↓


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手のひらに包めるほどの小さな生命が,温かい腕の中で大きくなり,そこから這い出してヨチヨチ歩き始める頃までにできる「こころ」の器の土台について前回は述べた。




[世の中は生きるに値する信じることのできる世界だ」という人生の土台なる感覚は,自分を信ずる感覚を芽生えさせ,身体の成長と共に「自信」という大切な器へとつながっていく。


②「自分は大丈夫だ」という器(小学校入学の頃まで)


「三つ子の魂百まで」という諺がある。これは幼児期(5,6歳頃まで)が,後の人生にとって重要な多くの力を身に付ける大切な時期であるという,昔から伝え継がれた経験上の知恵といえる。





具体的に大切な力のいくつかを述べる。


〈感情〉そもそも感情とは何か?感情とは,感覚を言葉に包んでもらえる中で育まれているもので,「こころ」の器をさらに作り,人との間で生きていくために欠かせないものである。


例えば,生まれて初めて見る花火大会。それは,大きな音のうるささと光のまぶしさでしかない光景だが,それを隣で一緒に見ている家族が「きれいだねー」という言葉で包んでくれる。また他にも「おいしいねー」「楽しいねー」「痛くて辛かったねー」などなど,様々な感覚は感情へと変わっていき,それを人との間で『やり取り』させながら共に生きていることを味わえるようになっていく。つまり,人とのかかわりあいの中で,感覚から感情が芽生え,感情は情緒へと発展していくことになる。


〈自尊心・万能感・自信〉この三つの力は,排泄という自分の身体を使う行為とそれにまつわる親の「しつけ」という行為の中で主に作られていく力である。




 親の腕の中にいた頃までは,いつでもどこでも許され受け入れられていたウンチやシッコが,幼児期には「良いウンチ」と「悪いウンチ」に分かれていく。


そして「良いウンチ」には「偉いねー」というご褒美の喜びの感情がつき,「悪いウンチ」には落胆や怒りがついてくる。


人生で最初に出会う理不尽さをけなげに受け止め,ご褒美を手に入れるための努力が始まる。その中で「自分は親や人を喜ばせる大した存在だ。」という『自尊心』が芽生えることになる。


 この自尊心は,さらに大きくなり「それどころか自分はもしかしたらウルトラマンかもしれない」といった『万能感』という夢を見る力へと変身していく。しかし,この万能感という風船は,隣の○○君とのケンカ(現実)の中で割れてしまう定めを持つ。それにもめげず再び膨らませる「ごっこ遊び」の日々の中で,以前は飛べなかった3段目の階段から飛べるといった,夢ではなく確かに変わった自分に出会う。割れることのない「自分は大丈夫だ」という『自信』を手に掴むのである。


こういった大切な力をたくさん身に付けるのが,幼児期なのだ。しかも,ことさら難しい特別なことをせずとも,「ほどほどの子育て」の中で昔から育まれてきた力なのである。