末期的な状況で頭が軽くなる | INDEADRUM

INDEADRUM

ぐずらもずら

正常性バイアスというわけではないけれど、もはや手のほどこしようがないこの国の、管理・統制・報道不信などの状況で、なぜか脳内が明るくなる。


世の中がイヤなら山の中で暮らすしかない。

自分の家族だけなんとかしようとしても、社会も学校もあるわけで、何がまともか分からん時代に、自分以外の主張が正しいような風潮の中で、あーだこーだと新しい(ほんとは新しくもなんともない非常識者の常識ね)情報を伝えても、変人や狂人あつかいされるだけだ。


それでも、とても人間味あふれる人々がいて、その方々に心を救われてることも事実で、震災なんかも経験して、原発の賛成にも反対にもはさまれ、何周もいろんなことが回って、答えも言葉も何が正解で何が間違ってるかも分からなくなった。


そもそも、そこは、そんなに重要なのかとも思うようになった。


無気力になったわけでもないし、無思考におちいってるわけでもない。


日々の暮らしの延長に、自分が求めてるものは、争いや戦いではない。


選挙の結果も不正も知る由もなく、戦争が目の前に来て、憲法が変えられてしまうのは目前だが、まずは家族を愛すことしかできないのだろうと、なんか、ふと思った。


そして、そんな愛すべき光景を、ひと家族、ひと家族増やしていくほうが、案外、世の中を変えるのは早かったりして、などとおもったり。


状況は変わらず最悪である。


それでも、笑っていくほかない。好きなことを続けるほかない。地道に続けるしかない。


続けてきたから、同じ演奏のなかに、手が勝手に動き出す瞬間があったのだ。

次へいける、もうひとつ先に進めると、そう感じられる自分だけにしか分からない感触と喜びがあるのだ。


あと何年生きられるかな?


その時間を楽しんでいきましょう。


体と頭が動くかぎり。


次世代へ、伝えるために。


言葉や文字だけが、伝える手段ではない。


放たれた瞬間に、消えていく音。


伝わればいいな。何かが。