深夜のこんな時間に、なんてぴったりな曲なんだろう。
偶然かかっていたトムウェイツ。
これもまた、必然なんだよね。
田舎の連休。
朝早く起きて畑を耕し、忙しい日々に追われ、休みもとれず。
そんななか、つかの間の休息を、家族と写真とったり公園いったり、なんでもない時間が素敵なものになる。
ギリギリいっぱい、それでも、音楽はやめない。
どんな逆境にあおうが、続けていくということ。
今夜のサウンドキープも、乙な時間と相成りました。
ウェルカム、ふるがわへ。カズマ君のギターと歌がすごくいがった。
ここに佐山ちゃんと俊ちゃんがくれば、ヘブンの再来。
次の機会に持ち越しとなったけど、こーやって、紡がれていくということ。
もはや、どこまでいくかとか、そんなレベルの話しではない。どこまでもいくのだ。果てしなく続くのだ。
ミスターチルドレンの終わりなき旅のように。
ポップスもレゲエもファンクもブルースも。
ソウルもロックも民謡も。
パンクな想いとジャジーな気持ちを胸に、どこまでもどこまでも、のろのろノロノロ亀吉のように歩いていくんだね。
そこに何があるのかなんて知る由もなく、何もないのが当然のごとく。
草木花のように、可憐に咲いては刹那のように散っていく。
INDEADという大切なバンドを経て、自分がドラムもパーカッションもなんでもやっていくという意志で、誰とでも音を紡いでいけるかという挑戦であり、楽しみでもある。
人を選ばず、音を選ばず、やってみるということ。
そんな人に、私はなりたい。
松沢ハルが唄っていた、宮沢賢治の詩について、はてな、なんでかな、どこかで聞いたことがあると思ってすぐ忘れ。
たまたま出てきた宮沢賢治の本の中、印をつけてたページが多数あり、その一部に、同じ詩が載っていたときの笑い声。
いやいやまんず、ハルの顔が浮かんできて、なんだかかんだか「間違いねーべっちゃや」って思ったんだよね。
そんな感覚、分かるでしょ。
とにもかくにも、いぎなりいがったのさ。
1人の人間として、これからの生き方と、最後の死に方を模索して、打ちのめされた現実を、たんたかたんと乗り越えていくんだね。
ありがとう、と。
そんな言葉が適切すぎて、水をはった田んぼから、生き生きとしたカエルの声が、既存の音楽よりもはるかに音楽だと、感じずにはいられない夜。
君やあなたと同じ月の下、感慨深く、明日を想う。