『必要なものはすべてここにある』
今日からこれを冒頭文として書き出します。
私の、古い自動思考による現実は昨年末に衰退したようです。
おそらくそれはここに現れていました。
そして、気づかない内に新しい感覚、現実が始まっていた。
いつの間にか新しい感覚に入れ替わっていた。
きっと脱皮したのですね。
それは、何年も疎遠になっていた古い友人に自分から再びアクセスしたことで感じました。
忘れていたというよりも、自分が遠ざけていたのを知っています。
それを復活させる時がきた。
いざという時に頼れるのは、やっぱりそこでした。
今そういう現実が展開されているのです。
遠慮なく甘えられるコミュニティーは、新規のものではなく、
既存のものでした。
でも、古い感覚の私が引き戻されるのではなく、
新しい感覚になった私が自ら選択して戻るのです。
だから、重くはなく軽い。
軽いし楽しみなのです。
引き取ろうとしている母も、きっと認知症が出て話が噛み合わなかったりするんだろうけど、
以前のようにそれは、悲しくも辛くもないのです。
重さを感じないのです。
施設に預けてからの五年間、私はほぼ介護にノータッチできました。
別人になって戻るために離れていたのかもしれません。
これまで母にはたくさん投資してもらいました。
その投資の成果を、レベル違いで発揮するための五年間だったかもと、今これを書きながら思います。
去年まで遠ざけていた色んなことに今、自らアクセスしようとしています。
去年までとは別人級の私を楽しみたいと思っています。