昨日は、大学の入学式でした。電車に揺られながら都市を見ていると、穏やかな心持ちがした。なんで?と思う人も或るでしょう。都市とは、ビルとは、昔から自分であることを見失う、或いは、冷たさの象徴だからだ。尾崎豊の、15の夜、にも超高層ビルの云々とある、オフコースには、君が嫌いな東京も ~と…。
泥の中で、霧が出て、何も見えない。
でも、そんなことは、どうでも良い。昨夜、ぼくは、「なぜ、人は、泥に埋もれる自分を文学へと持ち上げるのだろう。」というツイートをした。ぼくは、それを否定したい訳では無い。自分は自分である。その事に変わりはない。思いっ切り、今を生きて欲しい。バスを降りる親子を見ていると、ここで生きているな、と思った。
現代人を見ていると、言葉、というビンタの度に、打たれた方向に倒れてしまう癖がある、と感じる。人間は、スイッチではない。
不可解な世界だ。我々の知性には、限界がある。また、一人ひとり。だからこそ、自分に振り切る、時折、泥の中に居る。
暖かさの中には、ひんやり、としたものがある。ぼくは、そう生きたいと思った。