3月29日。
今日は水道の蛇口から水が出るようになった。
そもそも、蛇口というのはそのためについているのだが・・・。
今日から彼らは、自分の役割を果たす事が出来るのだ。
『蛇口諸君!がんばってくれたまえ。』
このマンションの屋上には給水槽がある。
地震の時、その給水槽の底付近に穴があき、そのために今日まで
水道が使えなかったのだ。
そういえば地震直後、自分は玄関の扉を開けたまましばらく外の様子を窺っていた。
その時どこか近くで、水の流れる音が聞こえていたな。
とりあえず水道から水が出るようになったものの、水質検査が終わるまでは
飲まないようにとの事。
『煮沸すれば飲めるんじゃ・・・。』
とも思ったが、こんな時に水にあたって体調を崩す訳にもいかないので、
一応大人しく言う事を聞いていこう。
夕方、「ピンポーン」チャイムの音。
居間でテレビを見ていたのだが、慌てて玄関へ。
チャイムを聞いてからまだ数秒しか経っていないと思ったが、「開けますよー」
の声とともに玄関の扉が突然ガバッと開き、マンションの管理人が顔を出した。
こちらの顔を見ると、少々焦った様子。
っていうか、こっちがびっくりだ。
『そういえば鍵は閉めていたが、地震の時にすぐ扉を開けられるようにと、チェーン
を外したままだったな。』
実際少々大きな余震の時、玄関の扉を開けようとしてチェーンに手間取った事もあった。
『またチェーンは掛けておくか。』
管理人は、温水器のブレーカーを上げに来たそうだ。
「温水器は夜間電力でお湯を沸かすから、明日からはお風呂入れるよ。」
そう上機嫌で言い残し、管理人は去って行った。
・・・数時間後。
興味半分で、お湯側の蛇口をひねってみる。
『あれ、お湯どころか水すら一滴も出てこないんですけど・・・。』
管理人の姿は、既にマンションから消えていた。