我われは思考が習慣化している。
私のように思考について気を付けている者(*1)であっても知らず知らずのうちに思考している。
思考についてはこの場で何度も取り上げてきた。
私がこれほど思考に触れるのはスピリチュアルに生きる者にとって思考がそれほど大きな問題だからである。残念ながらほとんどの人はこのことに気づいていないように思う。
前回触れたように波動に関しても思考、つまり頭で考えて解決しようとする。だから挫折する。
思考はこの世界(物理次元)で生きていく上で不可欠なものである。思考がなければ我われはこの世界に存在し得ない。だが物理次元を離れれば思考は不要である。不要であるばかりか障害になる。
前にも言ったが物理次元は仮想空間である。二元性が生む感情を体験するゲーム上の空間である。
思考は物理次元における魂の乗り物である肉体を危険から守るためのアイテムである。それは一種の麻薬でもある。
危険を未然に防ぐこという行為は大きな満足感(という感情)をもたらすのである。これによって人はますます思考に嵌っていく。思考に関連する「努力」という行為も達成感という非常に麻薬的な感情をもたらす。
スピリチュアルに興味を持っている人であればこの世界が波動の世界であることは周知のことであろう。
だがこうした人たちであっても思考や努力で波動を変えることができると思っている(ように感じている)。
それは仕方ないことかもしれない。なぜならこの世界にはプラス思考やポジティブシンキングといった言葉がある。実際にそれらには効果がある。
だから「隣人を愛せよ」と言われば努力すればできるのではないかと思ってしまう(かもしれない)。ポジティブな思考は物理次元を生きる上でとても良いことである。これは間違いない。だが隣人を愛することとプラス思考ではベースとなる次元が違う。
隣人を愛することは単純な波動(個別波動)の問題ではない。波動の総合的な底上げによってのみ成し得るものだ。ボートの上で少し背伸びをすれば手の届く果実を取るのとはわけが違う。
前回のテーマである「急がば回れ」も総合的な波動の問題であり、そうした波動は思考でどうにかなるものではない。
一朝一夕に変えられるものではないのである。だから「急がば回れ」なのである。地道に意識を自己の内側に向け続ける。これしかない。外側の世界(目に見える世界)をいくら変えても何も改善しないのは言うまでもない。
だから「実るほど頭を垂れる稲穂かな」であり、自然の流れに身を委ね、その時を待つ。これしかないのである。
さらに付け加えれば五次元世界で求められるのは「今、ここ」である。思考は「今、ここ」とは相容れない。自己の意識が「今、ここ」にある時、思考は生まれない。
そもそも思考は物理次元で形成された信念がベースにある。その本体は精神体にある。精神体の目的は肉体を生かすことにある。精神体にとって五次元へ行くことは死を意味する。精神体は決してそれを許容しない。
私は先日、自分の過去の日記を読んでみた。
10年前の私は修行法に悩んでいた。何かしなくてはいけないと背中を押されながらも何をしていいのかわからない。
クンダリニー関連は多くの書籍で文字化されていたがそれから先となるとほとんどなかった。
その中で唯一と思われたのが仙道であった。仙道はクンダリニーを覚醒させてからが本番であった。私は何冊も仙道書を読んだ。だがほとんどが眉唾と思えるようなものであった。本物の仙人は余計なことはしゃべらないだろうから仙人を見た人が後に自分に都合のいいように創作したに違いない。
だが信頼できるものもあった。
それは梵の座を開くことから始まる小薬づくり、大周天、出神(*2)、還虚(*3)といった修行のプロセスであった。当時、私は既に梵の座は開き、小薬、大周天まで終えていたのでこのプロセスは信頼が置けた。
だがやり方となると?マークの付くものばかりであった。
今にして思えばそれは当然のことであった。そこから先は完全に波動の世界に入るからだ。内側の世界での修行である。内側の世界で修行ができる身体を作り上げるのがこれまでの修行であった。
当時の私は何も思いつかなかったので結局、瞑想に明け暮れる生活が始まった。だがこれが正解だった。急がば回れである。
出神は陽神という分身をつくってこれを頭頂から出すことである。陽神を意のままに操ることができるようになると時空を超越して存在することが可能となるということだが、私は実際に意識を分離させ、それを頭頂から、もしくはアジナーチャクラの映像の中に入れて異次元世界を訪れている。
最後の還虚は肉体を陽神の波長に合わせていき肉体の振動数を上げてKa(カー)と一体化することを言うようであるが私も実際その方向へ進んでいる。
(*1)思考に気を付けている者は言い換えれば自己の内側の世界を主体として生きている者であり自分軸で生きている者である。
(*2)出神とは陽神という分身をつくり頭頂から出すことである。陽神を意のままに操ることができるようになると時空を超越して存在することが可能となる。尚、陽神は気を練って造る。
(*3)還虚とは読んで字のごとく虚に帰ることで神(大いなるもの)との一体化と言ってもよい。陽神を肉体に戻して肉体を陽神の波長に合わせていくと肉体の振動数が徐々に上がっていく。そして最終的には肉体が気と同じ状態になる。この段階では肉体を持ちながら時空を超越して存在することが可能となる。