前回の最後に「遭遇するすべての出来事、出会いには意味がある。あれこれ思考せず、受け入れよ」と申し上げた。今日はその理由をお話しする。
まだ最近のことだがその言葉が突然、私の頭の中に入ってきた。そのことは私にとって当たり前のことであり何で今さらという思いがあったが、よくよく考えてみると私はまだそれを体得していなかった。完全には自分のものにできていなかった。そしてその言葉が私にやってきた本当の理由が別にあった。それが今回のテーマである。
そのことを体得していないと一見混乱したように見える今の世の中を平穏に乗り切れないのであった。
私にとってこの世界(三次元物質界)は夢の世界であった。私はここで夢を見ているのだった。つまり、三次元が崩壊し四次元との境がなくなってきているのである。
この世界に住んでいるとどうしてもいやな感情になることがある。自身の波動は常に上下しているから波動が下がった状態では様々な嫌な出会いがある。その出会いを避ける(意識する)と早い時は数時間後に全く同じ状況に遭遇する。遅くても翌日には遭遇する。これの連続だった。
最初、私は意識することによってそれが印象に残り、その偶然に何か特別な意味があるように感じるのだと思った。例えばよくゾロ目を目にすると言った類のことだ。
だが私の場合、それは確率論では考えられない確度でやってきた。
私は理解した。私は感情の開放をやっているのであった。つまり、夢を見ているのである。
夢ならば、それについてあれこれ思考してはいけない。無条件で受け入れてそのまま開放してやることだ。
実際これを実践すると同じ状況に遭遇することはなくなった。