先日、五次元意識について触れたが、そもそも「意識」とは何なのか。
これは非常に難しい問題である。私自身も正直なところまだわかっていない。
今、私が「意識」について言えるのは「認識する者(存在)」であるとまでしか言えない。
そこで今日は私が今、思っている「意識」についてお話してみたい。
「意識」の特徴を挙げるとすれば同調と分離・分化であろう。だがこれが「意識」に対する概念をより複雑にしている。
あらゆるものには意識がある。物理次元は意識が物質に転化したものだ。そして意識は物質を生命へと導く。すると生命(意識)は自らを進化させていくようになる。人類はこの進化した姿である。進化した意識は自らを分化していく。
この物質界に生きていると自分という存在は唯一無二であると信じて疑わない。自分の中には自身のアイデンティティが確立されている。だが実際は違う。それは“自分”という世界の一つを見ているに過ぎない。
スピリット(*1)から分化した魂が二元性の物理次元にある地球という惑星にやってきた。純粋な魂を動かしているのは好奇心だ。好奇心は魂の持つ根源的で純粋な探求心である(*2)。
二元性から生まれる感情には麻薬性があり、この毒素によって魂は輪廻を繰り返すことになる。そして輪廻を繰り返す度に人格が形成される。人格は四次元に留まり再び地上に生まれ落ち、また一つの人格を形成していく。輪廻はこうして人格形成した意識の集合体を形成していく。今世の“自分”もいずれこの集合体に加わる。この集合体はそれ自体が意識を持つ。これがオーバーソウルである。
これはあくまで私の感覚であるが分化した“意識(人格)”は複数(と言ってもかなり多い)あり、今の私はその一つの“意識”に焦点を合わせている状態にある。だがこの表現は理解しやすいように敢えて時空という概念に基づいて表現したもので実際は、意識は一つである。そして同時に複数でもある。冒頭で「意識」が分離・分化すると言ったがこれも同じで分離も分化もない(以下に述べるものも理解しやすいように時空の概念に基づいている)。
意識は振動しており、他のものと同調してその意識を表現する。意識は同調によって次から次へと自らを変えていく(焦点を変えていく)。従って意識として何か特定のものが存在するわけではない。意識は文字通り波のように振る舞う。
この物質界で“自分”と思っているものは自分であるが本当の自分(元々の自分)ではない。自分が送り出したプレーヤーである。プレーヤーが自分の分身を地球という惑星に送り込んでそこを舞台にロールプレイングゲームをやっている。
魂は一応やりたいことを決めて物理次元(地上)に降りてくるが、いざ生まれ落ちるとそうした記憶は一切消えている。まさに何色にも染まっていない純粋無垢な状態になる。これによってゲームは自分の役柄を決めることから始まる。そして決めた役柄を一から思いのままに育てていく。
このロールプレイングゲームは好きなように“自分”を育てて好きなことがやれるのである。こうして出来上がったのが今の自分だ。演者である自分が有する自我や思考は育てていく過程で演者が身につけたものである。それらは物質界で創造されたものであり物質界のみで利用できる(通用する)ものである。それはロールプレイングゲームを楽しむためのスキルであり物質界探索のための便利アイテムだ。
こうした事を踏まえて私は自身の自我を客観的に捉えている。まさに私はロールプレイングゲームをしている。私がこのように言えるのは「意識」が固定のものではないことを確信させる体験を何度もしてきたからである。
例えばパラレルワールドを訪れる。パラレルワールドの世界はトンネルを抜けていくことが多い。トンネルの出口から足を踏み出した途端、私の人格が入れ替わる。それまでの私は消滅し、私は新たな私になる。そこに存在する私はパラレルワールドの世界に生まれ育ち、パラレルワールドにおける人生の記憶を持ち、そこで築いた信念で思考する。だとしてもそこに存在しているのは紛れもなく“私”である。そこに存在する私が私にとって唯一の私である。これまでの“私”は消滅した。今度は新たな“私”が私なのである(*3)。
意識は次から次へと同調し波動(振動数)を上げていく。そして最終的には根源(創造主、神)と同調し一体化する。意識は肉体を離れると過去に存在していた時の最も高い波動レベルへ行く(これは波動が高いほど心地よいからである)。こうして少しずつ根源へ近づいていく。
(*1) スピリットは根源と一体をなしている。究極的な“自分”といってもよい。
(*2) 意識を物質に転化し、生命に高めた意識も意識の持つ好奇心によるものであろう。
(*3)こうした事は私が再び元の私に帰還しなかったら決して知ることはなかった。私の経験では私が意識を分離させる時その意識には紐がついており私と繋がっている。これによって私は分離させた意識を帰還させることができると思っている。分離させた意識ではなく私の意識本体の同調では上記と全く同じことが起こる。こうした体験は無数に存在するかもしれない。