長女がくるまでのあいだ安田講堂前の広場を埋め尽くす
学部卒業生たちの様子を見渡していた。
アカデミックガウン姿や振袖袴姿の若人たちは
どの顔も自信と希望に満ち溢れ
間も無くの春の桜のような笑顔があたり一面に咲いていた。
最初は来るつもりもなかった卒業式だったけど
家内に手を引かれてしぶしぶ来てみれば
なんとまぶしく神々しい卒業生たちのエネルギーに出会えたことよ。
その瞬間「ああ、次女もかならずこの大学に入学するべきだ」と
憧れとも確信ともつかぬ思いが込み上げて来た。
同時に自分の人生はここから終わりへと向かうのと入れ替わりに
いまここから彼らの輝かしい人生が始まっていくのであろうと思うと
多少の嫉妬とその残り大部分の寂しさをひしひしと感じていた。
やがて卒業生たちの人ごみのあいだから
淡い振袖とエンジ色の袴を着て
「メイク、課金しちゃった」と言いながら
僕が今まで見たなかでも最も美しく華やかな長女が現れた。
「今日はおめでとう。6年間よくがんばったね」というと
「長いあいだ学生生活を支えていただいてありがとうございました」
と、長女は照れくさそうに他人行儀な挨拶を返してきた。
さっそく家内はそんな長女の晴れ姿をスマホに収めようと
連れ回してはシャッターボタンを押していた。
途中に長女が僕のそばに来たので
この先同じことはもう二度と言わないぞと自分に誓いながら
僕から卒業に宛てて長女に最後の言葉を贈った。
この歳になったらほんとうによく分かるんだけど
このさき自分の人生の意味を回収してくれる存在は自分の子供以外にはないからね…
それを聞いて長女は「うん」と頷きながら
いつまでも言葉の意味を噛み締めている様子だった。
式のあとには学位授与式や謝恩会もあるらしく
なにかと忙しい長女に気を遣わせたくなかったので
降り始めた春雨のなかを家内と相合傘をさしながら
静かに広場をあとにした。
君の作ってくれた家族のおかげで
今日はほんとうに人生で最高の幸せな日になったよ
ありがとう
自分なりに人生の意味を回収できたと思えたからなのかなぁ
雨がカサをポツポツと叩くなかで
そんな言葉が自然に口からこぼれおちた
