勝負の夏と囃しながら何も手伝ってやれないもどかしい夏が続く。
ただ『見守る』という親としての子育て最後の局面は
一緒に勉強していた時よりも落ち着かないものだと改めて感じている。
中学校までの数学や理科ならば転ぶ先々で手を差し伸べ
起こしてやり泥を払ってやることもできたのだが
今はたとえ転んでもきっと自らの力で立ち上がり
再び己の足で歩き出しているのだろうと信じて
ただ遠い後ろから遥か彼方にかすむその後ろ姿をじっと見つめている。
次女はいま狭い『家』という巣の出口で翼を大きく広げ
眼前に広がる果てしない大空を見つめながら
バサリ、バサリとその羽を動かしているところなのだ。
もう僕にできることはほとんど何も残されていない。
そしてこの状況がさらにもどかしいのは
次女がこの先もし目標(あるいは夢)を叶えることができたとしたら
その時が僕と次女との『別れのとき』になることだろう。
子はいつか親元を離れていくものだということはよく知っている。
しかし『その時』は僕にとってはぼんやりとした未来の話ではなく
来年の3月という明確な期日を持っているということだ。
そんな『巣立ちの日』のために見守り応援する日々。
今はただ次女の目標達成をひたすらに祈り切望しながらも
もしそれが叶った途端に僕に襲いくるであろうあの喪失感を思うと
自分の一生の滑稽さには苦笑いしかない。
家内が一昨日に長女に「毎日暑いけど元気にしてるの?」とLINE入れたら
今朝になってようやく「とても元気 小児科にいる」と返信があった。
親子関係はやがて愛想の無い『一行だけのLINE』へと収束していくのだ。
さて、先週東大オープンを受験した次女だったが
数学は2完とふるわず「まだまだ頑張らなきゃ…」と言っていたが
理科の方は「やればやるほど解けるようになってくる!」
と手応えを感じたようだった。
化学などは休みに入りかなり「新演習」をやりこんでいたので
自信も深まってきたのか。
数物もようやく過去問演習講座に取り組んでいる。
東進の先生が無理やり演習用のプリントをどっさり届けてくださったのだが
それを目の前にしてやっと動き出したようだ。(東進good job!)
いっぽう明後日は駿台の東大実戦だ。
この時期は週単位での成長もあるときく。
先週からさらに羽ばたく姿を是非見せてほしい。