この先こんなふうに親子4人で何処かを歩くなんてことはあるのかな…
暮れ泥むなか九份の迷宮のような急な階段を人波に弄ばれながら
3人の後ろ姿を見失わないようにゆっくりと降りていった。
見慣れない街、聞き慣れない言葉、嗅ぎ慣れない匂い
そんなものを家族が全員そろって共有していることがただただ奇跡のように思えた。
真夏を思い起こさせるような昼間の暑気もいつのまにか霧散し
赤い提灯が灯りはじめた街の隅々にまで広がった夜気がとても心地よかった。
台湾に行きたいと言い出したのは今年の正月に帰省していた長女だった。
長女の大学合格後に約束していた旅行はコロナ禍でキャンセルとなり
以来そんな約束のことなど僕はすっかり忘れていた。
次女の高校受験も終わらないなかでどうも気が進まなかったのだが
『もう家族がそろって旅に出かけることなんてそうないのかもしれないな…』
とそんな思いが勝り長女の提案に身を委ねることにした。
今回旅の手配から食事までのすべてをコーディネートしてくれたのも長女だった。
この4年間でずいぶんと色々な経験を重ねて成長したのだろう。
家族旅行において僕が何もしなくてもいいなんていうことは
これまでただの一度も無かったのでとても不思議な感覚だったが
長女のコンダクトに従って付いて回るだけの旅は意外にもとても快適だと思った。
看板もなく粗野なテーブルがぶっきらぼうに並ぶ
地元の方しかいないような薄暗い食堂で
まさかこんな所でと驚くような香り豊かな豆乳スープや蒸したての小籠包を楽しんだり
日本ではありえないような安い値段で北京ダックを丸ごと1羽いただいたり
友達やネットの情報をフルに動員してステキな旅を用意してくれたようだった。
もはや僕なんかが出しゃばるよりずっと遥かにスマートだ。
“老いては子に従え”という言葉通り
子供が育っての主従交代はものごとのことわりなのだろう。