航海日誌 -77ページ目

同期の桜…


歌手で俳優の
鶴田浩二
 同期の桜
を聞きました。



昭和32年生まれの戦後世代のオイラは、大正10年生まれの父親(亡)がいる…つまり
戦争に行った親の子供であり、ロシアで抑留された話し、引き上げの話し等をリアルタイムで聞いておりました。


本来、明るい性格でお調子者だった父も、終戦後は口が重くなり、笑う事も少なくなって、昭和41年に胃癌を患い、呆気なく他界してしまいました。


そんな父を懐かしく思い出したので、何となく軍歌を聞いてみたくなり、軍歌なら同期の桜だろうと…。



鶴田浩二の同期の桜は、台詞入り。

それも、特攻隊員が出撃前に書いた遺書を台詞に読んだものでした。



動画だったので画面には特攻隊が水盃を交わす場面や、軍帽を振られ離陸していく場面、敵戦艦からの対空射撃を避けつつ火だるまになりながら特攻して征く場面が映し出され…鶴田浩二の遺書の読み上げが入ります。



■昭和二十年三月二十一日、陽光うららかな日、「美しく立派に散るぞ」そう言って、一番機に向かう友の胸に、俺はまだツボミだった桜の一枝を飾って送った。

 明日は俺の番だ。

死ぬ時が別々になってしまったが、
靖国神社で逢える。

その時は、きっと桜の花も満開だろう。


■三月二十六日、花さわやかに開く日、お父さん、お母さん、只今より出発します。

この世に生をうけて二十三年、まさか、お父さんやお母さんより、早く死ぬとは、思ってもみませんでした。

お母さん、泣くなと言うのは無理かも知れません。

でもどうか、「よく死んでくれた」そう言って下さい。

私達は祖国を護る為に死んで行くのですから。


■四月二日、春雨のけむる日、幸か、不幸か、俺はまだ今日もいきている。

だが、雨があがり、虹が橋をかけ、あかね色の夕焼け空が拡がる時に、俺は必ず征く、後に続くを信じて。

俺達の死を決して、犬死にしてもらいたくないのだ。

海軍少尉、小野栄一、身長五尺七寸、体重十七貫五百、極めて健康…




現代の幸せな状況は、このような若者の死によって築かれたものだと、しみじみ思いますね。



更に神風特攻隊員たちの遺書もご紹介…


■茂木少尉 19歳
 「母への遺書」

僕はもう、お母さんの顔をみられなくなるかもれない。

お母さん、良く顔を見せて下さい。

僕は何にも「カタミ」を残したくないんです。

十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。

お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。

それが僕の別れのあいさつです。

神風特別攻撃隊第5神剣隊
茂木三郎少尉
昭和20年5月4日、沖縄周辺にて特攻戦死 19歳



■海軍少尉 小川 清
 「両親への遺言」

 父母上様
お父さんお母さん、清も立派な特別攻撃隊員として出撃することになりました。

思えば二十余年の間、父母のお手の中に育ったことを考えると、感激の念でいっぱいです。

全く自分ほど幸福な生活をすごした者は他に無いと信じ、このご恩を君と父に返す覚悟です。

あの悠々たる白雲の間を越えて、坦々たる気持ちで私は出撃して征きます。

生と死と何れの考えも浮かびません。

人は一度は死するもの、悠久の大儀に生きる栄光の日は今を残してありません。

父母上様もこの私の為に喜んで下さい。
殊に母上様にはご健康に注意なされお暮らし下さる様、尚又、皆々様の御繁栄を祈ります。

清は靖国神社に居ると共に、いつ何時も父母上様の周囲で幸福を祈りつつ暮らしております。


清は微笑んで征きます。
出撃の日も。
そして永遠に。


昭和20年5月11日
南西諸島方面にて戦死
(空母バンカーヒルへ突入)
 24歳



■穴沢陸軍少尉
 「婚約者への遺言」

二人で力を合わせて努めてきたがついに実をむすばずに終わった。

希望をもちながらも心の一隅であんなにも恐れていた"時期を失する"といふことが実現してしまったのである。

去月十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く情況は急転した。

発信は当分禁止された。

転々と処を変えつつ多忙の毎日を送った。

そして今、晴れの出撃の日を迎えたのである。

便りを書く度、書くことはうんとある。

然し、そのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。

あなたのご両親、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。

至らぬ自分にかけて下さったご親切、全く月並みの御礼の言葉では済みきれぬけれど、「ありがとうございました」と最後の純一なる心底から言っておきます。

今は従(ジュウ)に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。
問題は今後にあるのだから。

常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる。

しかし、それでは別個に、婚約をしてあった男性として、散ってゆく男子として、女性であるあなたに少し言って征きたい。

「あなたの幸せを希(こ)ふ以外に何物もない」

「従(シタガ)らに過去の小義に拘わるなかれ。あなたは過去に生きるのではない」

「勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出だすこと」

「あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。穴沢は現実の世界にはもう存在しない」

極めて抽象的にながれたかも知れぬが、将来生起する具体的な場面に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。


純客観的な立場に立って言うのである。
今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言ってみたい。

1、読みたい本
「万葉」「句集」「道程」
「一点鍾」「故郷」

2、観たい画
「ラファエル聖母の子像」
芳崖(ホウガイ) 非母観音」

3、智恵子。
会いたい、
話したい、
無性に。

今後は明るく朗らかに。
自分も負けずに朗らかに笑って征く。

昭和20・4・12
智恵子様
利夫


陸軍特別攻撃隊
第20振武隊
穴沢利夫少尉

昭和20年4月12日
沖縄周辺洋上にて戦死
 23歳…


合 掌




※動画
http://www.youtube.com/watch?v=_QOXodCXpTs&feature=player_detailpage


マスゴミ…


グアムから遺族と、二人の遺体が帰って来ました…



おいおい…(ノ゚O゚)ノ

ふつう御遺族とか
御遺体とか言えないのかねぇ…


本当マスゴミとはよく言ったもんだわ…



少し前の話しになるけど、NHKのニュース報道で…
この度の台風の犠牲者が◯◯人に達しました…


オイオイオイ…


何人か忘れたけど、
達する…とは目的の数値に達するという意味で、普通に◯◯人になりました。
或いは、◯◯人となってしまいました…が正解でしょうが。


まったく~…

半日だし韓流だし企業の提灯番組だし…


ちゃんとNHKにお金払ってんだから、ちゃんとしておくれよ。



IOCしょにょ2…


だいたいオリンピックなんてものの基本理念は…
より高く…
 より速く…
  より強く…
がモットー。
或いはより遠く…


つまりは判りやすいルール、判定、得点、公平が求められてるんだし、基本のなんだね。



だから、得点のつけにくい柔道、テコンドーは元より、体操、ボクシング、飛び込み、なんかもオリンピックにはそぐわない。


冬のオリンピックの
フィギアなんか最たるものでスキージャンプの飛形点なんかも全くの邪魔っけ。


体操もフィギアも観たいビックリマーク

でしょうが、ここは我慢でオリンピックの見直しをしないと、
中国/韓国に太極拳やテコンドーをごり押しされてなし崩しに駄目になるような気がしますよ。


ロンドンオリンピックが中国と韓国のお陰で
だいなしになったのを忘れないようにビックリマーク


ヨーロッパの連中もロンドンの悲劇を忘れた訳じゃないと思うけど、イギリス人は
EU加盟国なのに
ポンド通貨使ってるような利害で動くなんちゃってジェントルマンの国柄だから、韓国のサッカー選手のパク野郎に銅メダル渡しちゃうような
すっとこどっこいな事して平気なんだよね~。



オリンピックにそぐわない加点方式の競技は
世界選手権やワールドカップで応援しましょうよ。