つづき



ホテルのロビーに 集合してから


みんなで、さあキラキラ 出発です❣
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アヂスキタカヒコネが祀られている
高鴨神社の別名が記されていて、
「倭国葛上郡高鴨に坐神捨篠社
(やまとのくにかつらきのかみこおりたかかもに
ますかみすてしののやしろ)」
というんですね。
神捨篠社ですよ。
すごいと思いませんか。
神を捨てた篠社と書きます。
出雲族のスサノオの直系を表わす名前の
頭の文字が「神」でした。
本来なら
カムアヂスキタカヒコネと呼ばれても
おかしくないわけです。
その「神」を捨てたのが
アヂスキタカヒコネであるとしたら、
神捨篠社の名前の意味もわかってきますね。







大洪水を予言した魚の姿。
次のような神話が伝えられています。


聖仙サティヤヴラタが河で祭祀を行っていると、一匹の魚が手のひらに飛び乗った。サティヤヴラタが魚を河へ戻そうとすると、魚は他の大きな魚に食べられないように保護してほしいと言う。サティヤヴラタは魚を連れて帰り壺に入れて飼い始めたものの、日ごとにどんどん大きくなる魚をとうとう飼いきれなくなり、海へと戻そうとする。

 

魚は「7日後に大洪水が来る。私が船を用意するから、すべての生物と植物の種、7人の聖仙を集めて待て」と告げてサティヤヴラタと別れるが、7日後にサティヤヴラタが指示通りに生物を集めて待つと予言通りに大洪水がやってきた。金色の巨大な体で現れた魚はサティヤヴラタ達を乗せた船に大蛇・ヴァースキを結び付け、ヒマラヤまで船を引っ張り助けた。



巨大な魚として登場するヴィシュヌは、
ノアの箱舟に通ずるようなこの大洪水神話において、
聖仙を救う存在として描かれます。
ここで登場するヴァースキは
蛇王(ナーガ・ラージャ)のひとつ。
神話上では
ヴィシュヌの乗るガルーダの母親の姉妹・カドゥルーが
1000のナーガ(竜/蛇)を生み、
ヴァースキはそのうちの一つ、
ガルーダとは従兄弟に当たる存在です。
蛇王ヴァースキは
次に紹介するクールマの神話にも登場します。


また、聖仙は

サンスクリット語では「リシ」と呼ばれ、

厳しい修行によって

時に神々をも凌駕するほどの力を持つ仙人を指します。

神々の世界と人間の世界の中間の存在として、

ヒンドゥー教の神話では重要な役割を与えられています。

ヴィシュヌによって

全人類を滅ぼした大洪水から助けられた

聖仙サティヤヴラタは、

洪水後に人類の始祖となり、

「マヌ」という称号を与えられたとされます。



ノアの箱舟で知られるように、大洪水神話は
メソポタミア・ギリシア世界を始め、
アジア沿海部や太平洋沿岸の南北アメリカ大陸にも
類例のある神話です。
メソポタミアをその起源とする説もありますが、
これはメソポタミアでの神話は文字史料として
残されている物語が多いために
研究が進んでいるだけだという指摘もあります。
実際の起源がどこにあるのかに関しては史料に乏しく、
憶測の域を出ません。


紀元前1500年頃に
中央アジアからインドへ移住したアーリア人ですが、
その際に集団の一部はメソポタミアへ向かっています。
世界各地に点在する洪水神話の中でも
メソポタミアとインドのストーリーは
共通性が高いことが指摘されており、
中央アジアを故地とする両者はある時期まで
共通した神話のストーリーを持っていたと考えられます。







陰陽師が何者で、どこから来たか、というと、
中国の戦国時代(紀元前408年~紀元前221年)に
陰陽五行を説いた陰陽家の思想を受け継ぐ人たちで、
中国から渡って来た人たちである、ということになります。
で、記紀に出てくる登場人物で、
もっとも陰陽家に近かったと思われるのが、
オオナムヂとスクナヒコナなんですね。
そう、吉野の妹背山を造った神々です。


実際にオオナムヂたちが、
陰陽五行に精通していたことを如実に示しているのが、
後年になって日本で陰陽道を束ねることになる
賀茂氏の存在です。
この賀茂氏のご先祖さまは誰かと言うと、
アジスキタカヒコネ(迦毛大御神)であり、
タケツノミ(賀茂の祖神)です。
そのアジスキタカヒコネの父親は誰かと言うと、
オオクニヌシことオオナムヂなんですね。
母親は宗像三女神の一人タキリビメです。
つまりオオナムヂが日本に
陰陽五行の思想をもたらした可能性が非常に強いわけです。
その子孫である賀茂氏が
陰陽道を束ねたのは当然と言えば当然です。










「えっ、女性で王位継承者って、出雲国にいた?」
と疑問に思う人もいるかと推察しますが、
答えは「イエス」です。
末子相続の出雲族では
スセリビメが正統な王位継承者でした。
その娘婿がオオナムヂ。
葦原主国(キエンギ=シュメール)出身の
アシハラノシコオです。


その証拠に『先代旧事本紀』には、
国譲りの際に登場する、
スセリビメの後を継ぐ王位継承者である
コトシロヌシの母親が高津姫と書かれています。
高津姫は宗像三女神の末子タキツヒメのことです。
宗像三女神はみなスサノオの娘ですが、
その母親は誰かというと、
長女のタキリヒメはまず
アマテラスの子で間違いないと思います。
次女は飛ばして、末子で三女のタキツヒメの母親は
アマテラスではないはずです。
なぜなら、末子タキツヒメは同じく
末子のスセリビメの別名の可能性が高いからです。


コトシロヌシの母親は『古事記』では
カムヤタテヒメということになっていますが、
これもスセリビメの別名です。
それはそうです。
もしコトシロヌシが正統な王位継承者でなければ、
国譲りを
日向族のタケミカヅチがオオナムヂに迫ったときに、
オオナムヂが国譲りしていいかどうかなんて、
コトシロヌシに尋ねるはずがありませんからね。
その証拠に、アヂスキタカヒコネには
オオナムヂは一切尋ねておりません。


ということで、
カムヤタテヒメとタカツヒメ(タキツヒメ)が実は
スセリビメであることが、
『古事記』と『先代旧事本紀』をよく読むと、
わかるようになっているのです。
また、謎の水の女神セオリツヒメも、実は
スセリビメの別名であったのではないかと
私は思っています。
今日は、記紀に隠されたスセリビメの神名について
私見を述べました。