小説　働く女性たち　その７　九条ネギの女社長　時子・さんぽ道の花…九条ネギ

小説　働く女性たち　その７　九条ネギの女社長　時子・さんぽ道の花…九条ネギ

さんぽ道の花・九条ネギ

　その昔、一番のごちそうといえば「牛肉のすきやき」でその野菜にはこの九条ネギが定番だった。そのころの九条ネギは今よりもっと太くて背が高かった、それにネギの中にある透明のネバネバももっとあった。風邪を引けばこのネバネバが効くと信じて疑わなかった。

小説　働く女性たち　九条ネギの女社長　時子　その７

　平安時代でいう洛外とは羅城門(九条通り）から南のことになる。地域でいえば九条、鳥羽、吉祥院になるが、そのころの農家では九条ネギが盛んに栽培されていた。そして今でも九条ネギ専門の農家が数多くある、その農家にはそれぞれ「葱常」「葱万」「葱秀」などの屋号がついている。

　この九条ネギというのは種を撒いて３０センチぐらいに育つと伸引き抜き天日干しして苗になる。その苗を育成して収穫するが、種撒きから収穫までに１年もかかるという。そして加工するが、これすべて一軒でできないから種、苗、育成、加工と分業になる。その葱のカット加工を専門にしているのが「葱伊」という。この葱伊は自家農園もあるがそれでは葱がまったく足らず、葱を淀、八幡、滋賀県からも買って細かくカットして「葱入れ放題」の天下一品、ラーメン横綱などに納入している。

　この葱伊は江戸時代から続く豪農だが、なぜか歴代男の子が生まれず養子をとっていた。そして今の社長も女社長で３８才の時子さんでまだ独身になる。この時子さんは京都大学農学部で九条ネギを研究して博士になったという有名人でもある。この会社は東寺の近くにあるが、自宅は西国街道にあって私の家からすぐにありこれまた北山杉の庭がある豪邸です。その時子さんが私の家に来た。

　「伊奈利さん、私も子供を産む限界年齢に近づいてきました。もう誰でもいいという訳ではないが、どうしても１人は産まないと次は養女をもらって、その養女に養子をもらうということになります。そうなれば石原家の血は完全に絶えてしまいます。そこでなんとなく気が合う伊奈利さんの子供を…」
「もしもし、時子はん、今、なにをいっているのか、わかっているの？ワシ～もう年金もらっているのやで～それに子供を産ます元気など…」

　この時子さんと私の出会いは５年ほど前のある事件です。それは葱伊の番頭が社長に内緒で業績を上げようと安い中国産の葱を仕入れて九条ネギとのミックスにしてスーパーなどにカットパック九条ネギとして卸した、それが発覚して大きなニュースになった。もちろん時子さんは知らなかったので逮捕はまぬがれたが、この番頭を解雇した。この時に番頭一派の社員も連れ立って辞めたので葱のカット加工と配達はストップした。そこで顔なじみの私に手伝えと命令、昼はトラックで配達、夜は葱の加工とほぼ徹夜を約一ヶ月続けたことがあった。

　「ほら、あのときのお礼もまだしていないし…」
「いゃいゃ、あれはあれでお金をもらっていますから、あれで十分てす」
「いぇ、もしあの時、伊奈利さんが手伝ってくれなかったら信用を失って今の「葱伊」はありません。そして今回の危機です…今回も救ってください」
「し、しかし～………」
「伊奈利さん、私のことを嫌いですか？」
「いや～そら時子さんは若くて綺麗だから…それに前から好きでした」
「それなら、なぜ？」

　そんな押し問答を繰り返しているうちになぜか？キスをしていた。もうこうなれば理性も教養も常識もどこかに仕舞わなくてはお互いに失礼になる。子作りはさて置き、少し九条ネギの匂いがする時子さんの危機を時間をかけて十分救ってあげました。
（その７話完）