ビデオ 中編③ | 稲野川ジョン子の身も毛もよだる心霊話

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「図書館には、古い官報も置いてあるだろう」
俺は師匠に礼を言って家を出た。もちろん図書館に向かうためだ。
大学の図書館へ行ってみたのだが、あまり古い官報は置いてないという。仕方ないので自転車を駆って公立の図書館まで足を伸ばした。
さっそく司書に聞いてみると、抜けは多少あるものの大正時代からこっちの官報を保管しているという。喜んで閲覧を希望したが、案内された書庫の膨大な官報の数に早くもうんざりした。
とりあえず直近の官報から順番に紐解いていく。
「号外」の「公告」、「諸事項」、「地方公共団体」、「行旅死亡人関係」
最初はどこに載っているのか分からず手間取ったが、慣れてくると毎号毎号で大体載っているページがつかめた。
パラパラと捲っていく。
『本籍・住所・氏名不詳、年齢25歳~40歳位の女性、身長155cm、体格中肉、頭髪茶髪、所持金品はネックレス1本。上記の者は、平成○年○月○日○時○分○○河川敷で発見されたものである。
死因は溺死。身元不明につき遺体は検視のうえ火葬に付し、遺骨は保管しています。心当たりの方は当市福祉事務所まで申し出てください。平成○年○月○日 ○○県 ○○市長』
こんなことが延々と書いてある。
あたりまえのことだが、全国の自治体から情報が寄せられている。ビデオで見た前原駅は前原町にあるから、膨大な数の行旅死亡人情報の中から前原町長名のものを探さないといけない。
初めて見る官報の物珍しさにたびだび脱線しながらも、めくり続けること数時間。結局サトウイチロウのものはおろか、前原町のものすら一つも見つからなかった。平和でなによりで。
何か別の探し方を考えたほうがいいような気がしたが、「あと少し」と諦め悪くも俺は官報のおかわりに踏み切った。

そして閉館時間ギリギリになって、ようやく前原町の文字を発見した。
『本籍・住所・氏名不詳、年齢20歳から40歳の男性、身長160から170センチ位、中肉、頭髪3センチ位の黒髪、灰色のコート、焦茶色のソフト帽、衛生用マスク、白色の手袋、
灰色のスラックス、白色柄ブリーフ、所持品は簡易ライター・腕時計・「サトウイチロウ」と白インクで書かれた黒皮財布(現金450円)
上記の者は、平成○年○月○日午後○時○分ごろ、前原駅構内において、下り特急電車が通過中にホームから飛び降りはねられ轢死する。遺体は身元不明のため火葬に付し、
遺骨は保管してあります。心当たりの方は当町役場福祉課まで申し出てください。平成○年○月○日 ○○県 前原町長』
来た。
サトウイチロウだ。
俺は興奮して、ブルブルと震えながらメモを取った。本当に見つかるとは思わなかった。前原町。日時は五年前だ。身元不明。ホームから飛び降り、轢死。
ビデオの中に映っている事件だ。そして「サトウイチロウ」の文字が書かれた財布。繋がる。繋がってしまう。
俺は思わず腰を引き、椅子が床を擦る音にドキッとする。周囲には誰もいない。やけに静かだ。閉館時間になった平日の図書館。暗い窓の外には、痩せた木が腕のように枝葉を伸ばしている。
追われるように身支度をして、外に出た。なんだか足元がふわふわとして現実感がないような夜だった。

次の日は最後の平日、金曜日だったが俺は大学の講義を朝からサボり、図書館へ足を向けた。
昨日の夜は師匠に電話でサトウイチロウの記事があったことを伝えただけで、家に帰るとすぐに寝てしまっていた。

一件ではだめだ。偶然の域を出ない。何度も死ぬからこそ、この世のものならざる怪現象なのだ。
財布にサトウイチロウの名前が書いてあったという部分が、吉田さんの回想と一致するのは逆に出来すぎな気がして引っ掛かりを覚えもした。
何度も死ぬ男という噂が昔からあったとしても、それが五年前の前原駅の事件の固有名詞とくっついただけなのかも知れない。人間の記憶は曖昧だ。
外は太陽が眩しく、街路樹の下を颯爽と自転車で駆け抜けると身体の中から爽やかな気持ちになってくる。
そういえば昨日の夜は変な幻を見なかったな。
そんなことを思いながら、朝の図書館のドアをくぐる。昨日の司書がいたので挨拶をすると、「大学のレポート?」と話しかけられた。
「ええ、まあ」と適当に相槌を打って閲覧室に向かう。朝から図書館に詰めようっていうんだから、真面目な学生に見えたのかも知れない。いや、ある意味十分に真面目なのだが。
官報を机に大量に積んでから、昨日の続きから捲っていく。
住之江区。静岡市。福岡市博多区。仙台市青葉区。葛飾区。江東区。神戸市北区……
あいかわらず都市部が目立つ。
あたりまえのことだが、人口が多いとそれに比例して身元不明死体も多くなるのだろう。いや、ホームレスの発生率を考えると単なる人口比例以上に多くなるに違いない。
その中で都市部から離れている前原駅の沿線の自治体名を見つけ出すのは案外難しい作業だ。
念のためにそのあたりの地図を横に置いているが、それを確かめる機会すらなかなか巡ってこなかった。
三十分ほど経ってようやく高遠町の名前を見つける。前原駅の西隣、高遠駅のある町だ。だが行旅死亡人は女性で、死因も縊死だった。がっかりして若干ページを捲る速度も鈍った。
しかしよくもこれだけ毎日毎日、身元不明の死体が上がっているものだ。

発見までに時間が経ち骨になってしまっているようなものは死因も不明だが、死にたてのものは縊死、つまり首吊りが多い。あとは溺死。河川で浮かんでいるものなどがそうだろう。それから冬には凍死も目立つ。
電車による轢死体、それもホームでとなるとケースとしては少ない。たまにあっても全然離れた場所だったし、ほとんどの場合遺留品がはっきりしているので全くの別件だとすぐに分かってしまう。
イライラしながら黙々と薄い紙を捲り続ける。それでも今日は脱線もしないし、見るべき箇所のコツを掴み始めると思ったより早く消化出来る。
そしてついにそれを見つけた。
高遠町のものだ。
『本籍・住所・氏名不詳の男性、年齢20~40歳位、身長165~170cm位、中肉、黒の短髪、灰色のコート、中折れ帽、白マスク、白手袋、灰色のズボン、白ブリーフ、所持品ライター・腕時計・黒皮財布(現金450円)
上記の者は、昭和○年○月○日午後○時○分、高遠駅構内において、特急電車が通過中にホームから飛び降りはねられて轢死。遺体は火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は当町役場福祉課まで申し出てください。』
……どうなのか。
格好はほぼ同じだ。コートに帽子にマスクに手袋。しかし、肝心のサトウイチロウの名前がない。財布の450円といい、間違いないと思うのだがスカッとしない。イライラする。
そんな細かい数字出すくらいならサトウイチロウの名前出せよ、と思う。それとも財布にそんな文字が書かれていなかったのだろうか。
もやもやした気分のままそれを持参したノートに写し取り、官報捲りを続行する。
やがて小腹も空き、昼食を取ろうかと思い始めたころ、あるページで手が止まった。
『本籍・住所・氏名不詳(財布にサトウイチロウの名前あり) 中略  東高尾村長』
来た。
同じだ。サトウイチロウ。また死んでる。状況も轢死。マスクに帽子、手袋、コート。同じ沿線。間違いない。

思わず立ち上がった。
何度も死ぬ。サトウイチロウは何度も死ぬ。
昭和期から続く正体不明の蘇る死者が、目の前に広げた古びた紙の中に確かにいた。目立たない小さな活字となって。
俺は得体の知れない感情に震える。いるんだ。こんなものが本当に。
恐れとも達成感ともつかない興奮状態に陥った俺は夢中で官報を捲り続け、昼の三時を回るころにはサトウイチロウの名前を四つ発見していた。
昨日のと合わせて五つ。微妙なものも合わせるともう少し増えそうだし、見落としたものもあるかも知れない。
昭和三十年代も前半に来て、まったくそれらしいものが見当たらなくなったので作業を終えることにした。
最も古いサトウイチロウは昭和三十七年十二月。越山駅という前原駅から数えて西へ六つ目の駅で、地図で見る限り、かなりの田舎町にあると思われる。そこで夜八時ごろ、特急列車に轢かれているのを発見された。
コート姿で、顔は帽子とマスクで覆い、手には手袋そして所持品の中にサトウイチロウの名前入りの財布。
まるでビデオで巻き戻し再生をしたように、同じ状況が繰り返されている。
本当に同じ人物なのかも知れない。そんな不気味な想像が沸いてくるのを止められなかった。
俺は図書館を出て師匠の家へ向かった。腹が減っているのもすっかり忘れて。
到着し、ドアをノックすると「開いてるよ」といらえがある。
「知ってます」と言いながら上がりこむ。師匠はドアに鍵を掛けないので、いつもながらバカバカしい儀式だと思うが、以前ノックせずに開けると中がたいへんな状況だったことがあり、それ以来一応儀礼的に声を掛けるようにしているのだった。
もっとも見られた本人はいたって平然としてはいたが。
「で、どうだった」
俺は今日の戦果を広げて見せた。官報を書き写したノートだ。師匠は黙ってそれを読み始める。


ビデオ 中編④へ続く...


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