◆雨の朝である。かなりの雨の中、睡蓮の花は優雅に咲いている。この2、3日、僕はずっと天気予報に、普段以上に、耳を傾けていた。普通の雨なら、いつもかまわず荷造りする。しかし豪雨となれば・・・自分が濡れるのは構いはしないが、野菜の包みがきれいにはいかない。朝の降りを見て、よし、これならいけそうだ。そう判断した。順次収穫する。人参、キュウリ、ナス、大根、ピーマン、カボチャ、トマト。トマトのハウスに入った頃、雨が強くなったことを知る。ハウスの天井を叩く雨音が尋常ではないのだ。

 

  ◆まだ収穫すべきものはあるが、限界だ。どれだけ濡れたか、このズボンでおわかりだろう。すべてを脱いで、裸になって、新しいシャツに着替えた時の心地よさときたら・・・本当の幸せの味は、不幸を体験した者だけが知る・・・へへっ、ちょっと大げさか。ランチで一息つく。そして、降りはいくらか弱くなったかな・・・荷作りの後半をするため庭に出た。ズブ濡れになったチャボのママが子供を抱いている。おなかの下に3匹のヒヨコがいるのだ。

 

 

  ◆母は強し。我が子のために全力を尽くす。こんな場面を見るたび、僕は人間との違いを考える。

 

 

  ◆雨に打たれながらブルーベリーを取る。そしてこの上の写真はインゲンマメ。今日のお客さんは女性で・・・高齢、と言っては叱られるかもしれないが・・・インゲンを莢から取り出すのはかなりの手間、指先に負担がかかる。それで考えたのだ。莢のままより少し鮮度は落ちるかもしれないが、この手間をかけたくないと。全部むいてから送ることにしよう。荷物が仕上がった。それを待っていたかのように雨が勢いを増した。ワイパーをフルパワーで動かし、クロネコの営業所に向かう。軽トラの幌に当たる雨音はドラマーが叩くドラムのようだ。

 

 

 

  ◆予期せぬことは帰り道で生じた。うちまであと1キロという地点。大きく下り阪になり、すぐさま急な上り坂になる。そこに差し掛かったとき、すぐ前の車が止まった。しばらく動かない。車で視界が遮られているので前方がどうなっているのか僕にはわからない。待つこと1分余り。前の車が動き出した。状況が読めた。この深い水たまりをどう突き進むか、たぶん運転手は思案していたのだ。すさまじい。前の車は自分ではじいた泥水をそのままドバンドバンと受けている。さてオレの番だ。行こう。停まるなよ。こんなところでエンストするなよ。前方から来た大型トラックが巻き上げた泥水で僕は一瞬前が見えなくなった。テレビではよく見るシーン。川のようになった道路を突き進む場面を。まさか自分がそれと同じ経験をするなんて。免許を取って37年だが、初体験であった。坂道をなんとか登り切ったときに僕は大きく息を吸った。

  ◆唐突に思い出した。1952年フランス映画「恐怖の報酬」。中央アメリカのとある町。食い詰めた男たちが集まる酒場。そんな男たちに仕事が舞い込む。500キロ先の油井で火事が発生。その火を消すためのニトログリセリンを現地まで運んでくれたら高額な報酬を支払うと。主演はイヴ・モンタン。ニトログリセリンを積んだトラックはどこまでも続く悪路を走る。そして、あっと声を上げそうなラストシーンが待っている・・・。まあ大袈裟ですねえ。たかが大雨で出来た水たまりを走ったくらいで「恐怖の報酬」を思い出すなんて・・・たしかにその通りである。ただ、僕は免許こそあれど車への知識はほとんどゼロなのだ。しかも、さっき書いたように初体験だ。緊張感はマックスであった。