缶詰の蓋みたいに涙状で滲んだ声

「拝啓」の文字がやけに余所余所しく響いた

 

空に咲く爛漫の花 影絵で重なる二つの指

解けないように願った 「想い」は花火と散った

 

あの頃よりは少し「都合」って言葉も理解したし

預けたままの鍵で「ただいま」を待ってるから

 

真夜中に眺めた街は角砂糖

夜に一つ二つ甘く溶けて消える

 

鳴りやまないその声は 胸の中だけで響いて

懐かしく、もどかしく、傷跡は残ります

振り止まない悲しみに濡れた頬を指でぼかす

その仕草でタクトを振る 色あせたオーケストラ

 

 

あの頃よりは少し「便利」って言葉も理解したし

変えられない鍵で「おかえり」は待ってるから

 

掛け違いのボタンみたいにくたびれた

背丈違いのグラスに残るあなたの色

 

鳴ることのないメロディー 胸の中だけで響いて

あの頃と変わらない音色で歌います

振り止まない悲しみに濡れた頬を指でぼかす

その仕草でタクトを振る 色あせたオーケストラ

残響のオーケストラ

 

word:蜜

music:聖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴシックな世界観を有するバンドDollyによる、最も波に乗っていた時期に発売されたアルバムに入っていた楽曲です。

 

ライブの定番曲であるAlice in Dizzypitと同じアルバムに入っておりますが、Alice in Dizzypitはネットの一部で考察がされていたくらい、難解で解きごたえのあるパズルのような歌詞がファンを惹きつけた楽曲ですが、

 

対して今回紹介する「トレモロジック」は、待ち続ける女心を、目を見張るほどの比喩表現で綴り、

切なくも疾走感があるテクニカルなメロディに、的確に当てて来た曲となっています。

 

ゴシックがベースだったDollyの世界観にもよく合った楽曲でした。

 

 

 

ただ、惜しむらくは、この曲は知名度が非常に低いです。

 

「jewel's dRIP」というアルバムのほとんどの曲がカラオケ配信されるくらい、当時はDollyというバンドがそれなりに注目されていましたが、
 
自分の一番好きだった「トレモロジック」だけが入っていないと嘆いていたことが思い出されます。
 
 
 
 
Dollyは初期の楽曲から聞き続けていまして、結成から4年の速さで一度メジャーデビューをしておりますが、
 
人気のあったメンバーである「ゆいな」が脱退した頃から風向きが変わってきました。
 
ゴシック系の世界観がある曲の制作を少なめにすると、バンド独自の色が薄れてきて、
結果、後発の勢いのある若手バンドに押されることとなり、それが原因かメジャーデビューからわずか3年で、ほぼ解散に近い長期の活動休止に入りました。
 
人気ゴシック系2大バンドのもう片方である「ドレミ團」も、ほぼ同時期に解散していることから、このテーマだけで活動して行くことの厳しさ、
またゴシック系という局所的に起こったムーブメントはそう長くは続かなかった、ということが伺い知れます。
 
それでも、このアンティークなおもちゃ箱のような世界観に、未だに惹きつけられていて、
 
最近ではあまり見なくなったそんな曲の世界に、思いを馳せ続けているのは、自分だけではないと願います。
 
 

楽天銀行明細の出入金内容にある番号と、

楽天銀行デビットカードの承認番号は一致するので、どれがその取引かは照らし合わせが可能。

 

また、デビットカードを使用すると楽天銀行取引明細からはすぐに引き落としがかかったように即日掲載されるが、

デビットカードの明細には何日か遅れで反映される。

 

しかもその日に整然と並んでいるわけではなく、バラバラに散らばっていることがあります。

 

取引がどこにあるかわからなくなって困った方、探してみてください。

 

 

 

Amazonで購入した商品は、商品が確保出来てから決済に移るので、楽天銀行明細と、デビットカード明細の日付にやや開きがあります。(約2日程度)

 

電力会社の決済などの引き落としは、デビットカード明細に記載されるほうが早く、実際に引き落としがかかって楽天銀行の出入金明細に記載されるのは10日程度遅れる。

 

海外からの購入はなぜか分けて決済されることがある。(レートの変わり目の関係?

例)400000円の決済が、300000円と100000円の2回に分けて決済された

(分けた取引は同じ明細番号が振られるのでわかる

人間ぬるま湯に浸かっていると、気力のほうも体力のほうも、どんどんと脱力して行きます。

 

家事をするにも体が動かない。

子供と遊ぶにも億劫になってしまって先延ばしにする。

数少ない仕事をパソコンでこなす時ですら、全く集中力がなくてyoutubeをラジオ代わりにするが、面白そうなシーンになると、結局そっちのほうに釘付けになってしまい、抗えない中毒性にやられて自分アホだなと、youtubeを見終わった後に自己嫌悪になってしまう。

 

自分は幸いにも、あまり働かなくても生計が一応立てられる状態なのですが、

 

それでも人のところに働きに行ったり、釣りに行く時にはあえて1時間近く磯を歩くなど、自分に対して負荷をかけるようにしています。

 

こういうことをし始めると、体力がどんどんと削られて行き、家に帰ってきた時には、言い知れぬ達成感や、家事に対する集中力、妻や子供に対する優しさなどが出てきます。

 

外で働く時はめいいっぱい、出来る日数だけ働き、家に帰ってきてからは家事をしたり、子供と遊んだり、家での仕事をしたり。

 

 

 

 

外で仕事をするということは、全く嫌なことがないということは絶対にありません。

 

仕事仲間や上司に何か嫌なことを言われたり、失敗して落ち込んだり。

 

でもそういったことを経験したら、立ち直るまで静養する。

 

またそういった経験を自分からしにいって、立ち直るまで静養する。

 

そうすることで、その方面でのメンタルが鍛えられます。

 

 

 

 

RPGでは強い敵と戦った時に経験値が多くもらえて早くレベルが上がったり、

 

特定のステータスを鍛えたければ、そこを酷使したりしますよね。

 

 

 

もしくは筋トレにも同じことが言えるかもしれません。

 

鍛えたい部分に負荷をかけると、筋肉として返ってきます。

 

 

 

結局、自分に負荷をかけるということは、最終的には喜びとして自分に返ってくるんですね。

 

 

 

 

自分の時間はあまり取れなくなりますが、無駄にyoutubeばかり見ていてダラダラと惰眠を貪っていた頃と比べると、はるかに充実している気がします。

 

人間働かないとダメになりそうですね。ボケそうですし。

 

そう考えると、自分の好きなようにでもいいので、死ぬまで働きたいと思いますね。

うちの長男は友達がいません。

 

めちゃくちゃ社交性があって、人見知りしないでなんでも聞きに行くので、大人には好かれます。

 

しかし同級生となると、ライバル心が買っちゃうためか、遊びの最中でも争い事が絡んでくると、勝ちたい一心で好き放題し始めます。

 

サッカーをやっていても相手を罵ったり意地悪したり、

 

相手の口が達者で勝てないと思うと、嚙みついたりして泣かせます。

 

人の家にお邪魔しては、食べていいと言ってもいないのにお菓子を食べまくり、

友達が外出中に勝手に家に入って行き、そこのおじいちゃんに滅茶苦茶怒られたこともありました。

 

そんなことがたくさんあって、菓子折りを持って謝らなければいけない、ということが何度もあり、親は辟易してしまいました。

 

本当は長男は人と遊びたいんだろうけど、そういうことが毎回あって相手に迷惑をかけるので、遊ぶことを禁止しました。

 

しかし、禁止してもいつのまにか勝手に出かけて行って遊び、例によって悪いことをして怒られる。というのがいつものパターンになります。

 

そして悪いことをした回数に比例して遊ぶ子が減って行き、最終的に友達と呼べる人がいない状況になってしまいました。

 

 

 

 

 

そんなことをする長男なので、毎日のように叱らなければいけません。

昨今では、叱らない(怒らない)教育をしたり、推奨したりする風潮が都会を中心に出てきていますが、うちの場合は絶対に無理ですね。

怒らなければ毎日のように悪さをするし、怒っても悪さをするから。

 

毎日何度も何度も怒ることのループ。

 

やめろと言ったことがやめられなくて、食べたい眠たいとなった時は凄く機嫌が悪くなる。

欲望に勝てないならそのうち性犯罪でも犯すんじゃないかと妻と二人でハラハラしています。




でも、時々思うんです。

怒ることって意味のあることなのかな?


悪いことをしたから怒る。


その悪いことって何だろう?


噛みついたり、意地悪をしたり、人に迷惑をかけていること。


人に迷惑をかけることはどうして悪いことなんだろう?


あの家の長男は悪さをするから距離を置こう、などと、地域のコミュニティからハブられてしまうから。


色々としでかす子が多いせいで面倒が多くなり、地域のコミュニティすらも面倒になってしまった我々はどうすればいいんだろう?


だったらもう人がいない山奥に住むか。

または、そういった面倒なことがないコミュニティ、

たとえば限界集落でおじいちゃんおばあちゃんしかいないところとか、

一昔前のように悪いことをしたら他人だろうと子供を怒るし、だけどハブるようなこともしない場所。

そんなところだったら、やっていけるんじゃないかと思った。


逃げとも捉えるかもしれないけど、逃げることって悪いことなのかな?


自分は色んなことから逃げてきた人間だから、それでも別にいいと思っている。


だって、やりたくないこと、出来ないことを無理してやったって、幸せになれないじゃないか。


そんなことのために自分を犠牲にするのってなんだかおかしいし、だから今の世の中おかしいと思う。


世の中からすれば、こっちのほうがおかしく見えてるんだろうけど。

そんな自分ら家族が馴染める場所がないかと、最近はそんなことのためにネットサーフィンをして土地や山林や物件、限界集落を探して、そこに住むことを想像しては癒されています。

商売をしていると、「これは売れる!」と踏んでいても、当初の思惑とは違い、全く売れないということがあります。

 

その商品たちを紹介いたします。

 

 

 

その1.大きいサルカン

 

どのサルカンが売れるかわからないので、小さいものから大きいものまで色々と仕入れてみた時期があります。

 

極小のサルカンは単価自体が安いのもあって売れ行きは好調、

 

中型のサルカンもまずまずです。

 

しかし、大きいサルカンとなると、途端に売れなくなります。

 

その理由について買う側の目線で考えてみたのですが、純粋に使い道がない。ということだと思います。

 

たとえ大きいサルカンだったとしても、ボールベアリングが入っている強度の高いサルカンは売れ行きが好調なため、大型を狙う場合は、みんなそっちを買うだと思います。

 

逆に中型までのサルカンだったら、中国製の破断強度だったとしても、そのへんの釣りで使う分には全く問題ない、というのは実証済みです。

 

このへんも消費者はわかって購入するのだと思います。

 

 

 

 

 

その2.カラーとウェイト

 

このカラーだと1500円でも売れるのに、こっちのカラーは1000円以下まで落とさないと売れない。

 

そういうルアーがあります。

 

自分的には良いカラーだと思って仕入れても、それが意外と売れなかったりすることもあります。

 

また、本流で使うトラウト用ミノーで20gと27gがあるのですが、20gが50本売れる間に、27gは1本しか売れないということもあります。

 

あと、タングステンのウェイトが入っているか、鉛のウェイトが入っているかで、売れ行きが変わるルアーもあります。

 

タングステンは仕入れ値が高価なため、販売価格も高くなりますが、それでもよく売れます。

 

 

 

 

・その3.売れている釣り具をリサーチして丸パクリしてみたら売れないことがあった

 

パクリ作戦はある程度通用するのですが、どういうわけか売れない商品というのも中にはありました。

 

その2でも説明したように、カラーの違い、

 

あとは写真の撮り方、商品説明の弱さ。

 

それらがあるのかもしれませんが、

 

その出品者・会社の商品だから買う、ということも中にはあるのかもしれません。