【屈辱の炎を消すな】
あの日の屈辱、忘れちゃいないぜ。——あるよな、そういうこと。
幼稚園の教室——。
「す〜じの◯◯わ〜な〜ぁに♪——」みんなで合唱したもんさ。
「◯◯描ける人!」若い女の担任の先生がそう言うと、「はーい!」「はーい!」みんな手を挙げた。
数字の1から順に、手を挙げて先生に当ててもらえた子が、前の黒板に出ていってその数字の絵を描いた。
先生が褒める、みんなが拍手をする、次の数字をみんなで歌う、「◯◯描ける人!」先生が言う、「はーい!」「はーい!」みんな手を挙げる、当てられた子が黒板にその数字の絵を描く。このくりかえし。
『すうじのうた』は、やがて10になった。1から9まで僕も、絶対当たらないから大丈夫だと思って手を挙げつづけてた。
ドリフのコントみたいなことが、まさか自分の身に起きようとは——。
まさかの10で先生は僕に当てた。
当たってしまった——。
1から9までは、もし当たったら黒板に描く絵が、手を挙げる段階ですでに心に浮かんでた。それが、10のときだけは、「えんとつ〜とおつき〜さま♪」煙突は上に煙を描けばなんとかなるという目論みがあったものの、お月さまはただのまるだ。当たったらやばい、けどまぁ当たらんやろ、と見てた。油断してた。まわりにあわせるように手を挙げてた。自分だけ手を挙げないわけにもいかなかった。
あろうことか、先生は僕に当てた。やばい。月が描けない。ノープランで一段高いところにある黒板のほうに出ていって、とりあえず煙突だ。僕は煙を描いただろうか? たぶん描いた。いや、それすら怪しいが、まぁ煙突は、数字の10の1のほうはいい、問題は0だ。だめだ、描けない。やっぱり月は僕にとってはただのまるだ。なにも描けない。
「はい、描ける人!」先生がそう言って、「はーい!」「はーい!」みんな手を挙げて、先生は別の子に10を描かせたよ。女の子だった。僕の目の前で堂々と、当たり前のように0の位置にまるを描いた。ただのまるを。
わからない。うさぎとは違う、ただのまるだ。
なんだ、それでいいんだ!?——って思ったよ。
屈辱だった。