佐見山城(姫路市林田町八幡)
城跡は、林田川東岸の「城山」と呼ばれる標高189.5mの山頂にある。江戸時代は奥佐見村に含まれ、西麓には林田八幡宮が鎮座している。城山は均整のとれた円錐形をしており、背後の北側には葛城山がある。
山頂部には約10mの円形状の削平地が造られ、その西方向と南方向に三段程度の小さな削平地と石積みが数箇所残る。自然地形を利用した小規模な砦状の城跡である。
山頂からは西麓の因幡街道を見通すことができ、南麓の道は林田伊勢を経て赤松氏の本城置塩城(夢前町)に通じており、交通の要地であったと考えられる。
「赤松家播備作城記」に「佐見山城、揖東郡林田庄 天正八年(1580)羽柴秀吉宍粟宇野攻めの時之付城也」と記されている。英賀城(飾磨区)を包囲した秀吉は手兵の一部を宍粟郡の宇野氏攻めに差し向けている。「長水軍記」には、秀吉軍が、宍粟郡と揖東郡の境目である安富町狭戸で戦いがあったと伝えており、松山城とこの佐見山城は宇野攻めの足がかりとなったようである。
山頂からの眺望は素晴らしく、眼下には林田の田園が広がり、因幡街道(国道29号線)沿いの町並みが一望できる。その先の山並みの隙間に播磨灘が顔を覗かせている。
(※現地説明看板より)