岩屋山慈悲門寺跡は、円珍(814~891)の開基によるという伝承のある天台宗の寺院跡で、「慈悲門寺」の寺号は勅賜であるという(「作陽誌」)。寺跡は、岩屋谷に面した尾根の上部を削平して造成され、有事の際には砦としても使用したと考えられ、岩屋城の廃城と共に寺も廃滅したと伝えられている。
建物の規模・内容等については一切不明であるが、現在この地には建物礎石と考えられる転石があり、付近には瓦片や備前焼の破片等が多数散乱している。
なお、この寺跡の周辺には多数の小規模な平坦地が造成されている。この平坦地の造成された時期や用途・目的については詳らかではないが、これらの占地からみて寺院関連の施設、あるいは慈悲門寺を守る砦の役割を果たしていたのではないかと推測される。
(※現地説明看板より)
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