はあ~。おばさん、来月また転職します。もう、100回は転職してるからどこがどう思い出がありよい会社なんてわけがわからないです。いまは、シロガネーゼ台で働いているけど時期に移動します。
私は回遊民族として生きたいです。
いろんな地域を回遊してきたから、詳しいですよ。
なにか転職について聞きたいことがあったら回遊叔母さんに聞いてください。
それじゃね。
今日はさすらいの流転職をお休みして違う話題にします。
行ってきました~母の夢の「○○ウ」さんの追っかけに母は始めて成田に追っかけしに行きました。私は付きそいで行きました。
今日は、十時半に現地に着いたところ凄い人でごった返してました。
これはむりだと思ったところ親切おばあさんがいて「ここからなら、「○○
ウ」さんが見れると聞き2Fで待って いたところすごくラッキーがおきました。なんと
本人を間近で見れました。母は追っかけが初デビューだけど、母の夢の大スター「○○ウ」さんを見れました。
今の会社はわたくしにしては、長いほうである。
昨日「○○チャンネル」と言うTVで特集をしていてたまたまわたしは見ていたら、
購入者の方からの電話と言うコーナーで最初は聞き覚えの有る声だと思ったけどまさか他人だろと聞いていたら、ビックリ疑う余地なし、わが社の社長であった。(笑)
私は高いものしか買わないとか言ってる人らしくそれが、1万の通販とは。
世の中は狭いです。
いつも、私は細くてとよく言われるといっているらしいが、そんなことはな い、何かの妄想だろうとわたくしは思う。
オチャッパはわたくしは、注意されるがご自分は一回分に茶漉しに入りきるまで山盛り入れてありかなりビックリした。なんだかおかしくて笑える方である。
はーすっきりした~。
ああ~。今日現在私は109回目の職を変えた記念日である。
今現在、同じところに居る私にとってはすごいことである。
いつまでつづくのでしょうね?わたくしは、夏をすごせればありがたいことである。
転職おばさん今日も行く。ギネスにいつか更新したい気分である。
身体も回復して、次に三回目の転職は、事務職であった。
バブルが始まる少し前に、不動産仲介で入社して、平日休みには慣れていたから丁度良く、物件確認やら、たまに部屋の案内やらした記憶があるが、なんせ私は変わった人間であることをこの会社に入り初めて知ることになる。
この会社が縁で「へたまきさん」と言う年下の先輩と長く友達となる。
彼女には色々とお世話になりっぱなしである。私が入社して一年で賃貸部門が芳しくなく、当時何百億か売り上げがあった本社へ全員移動しました。
ほぇ~。と思えるほどバブル全盛期となり、会社で海外に行ったり、料亭に行ったり、ゴルフスクールに行ったり、その当時芸能事業部があり皆で夕飯食べた記憶が今でもある。
あぁ人生の絶頂期であった。
その間には、良く遅刻したりしたもんです。25才までは出掛けないかぎりは殆どノーメークだったため、総務に化粧しないことを理由に怒られた記憶がある。この会社では一生分の贅沢をさせてもらいました。一番輝かしかった私の思い出となりました出来るならこの時代にタイムスリップしたいです。
まぁ最後にこの会社を出るときは、苦手な経理で別会社でそのまま肩を叩かれ解雇されました。
私を解雇した部長さんはこれまた元芸能マネージャーでした。有名な歌手のマネージャーさんだったそうですが、その時はそんなのどっかへ飛んでいき、まだ三回目の放浪で免疫が無く途方にくれたもんです。
この先から本格的に短期間に辞めてしまう病気が始まりました。
素敵なアメブロの皆さんはまだまだ年を感じずいつまでも若く美人でいられるとおもわれることでしょう。
ですがわたくしを参考にしてください。もう終わりましたから肌荒れしたことのない肌は、変な会社に入りストレスから大荒れで、目の下はクマだらけになり、スタイルの良かったらしい身体は見るも無残な、コタヌキさんになり、手がつけられない状態です。わたくしを昔から知る友人には多分もう会えないですね。目をまるくして、ビックリ仰天されるのがいやですからね。
どこでどうすれば少しでも昔に近づけるかどんなことをすればよういか誰か教えて下さい。あまりにも落差がはげしくて、これじゃ友達誰とも一生あえなくなりそうです。
美人なんて言葉が嫌です。ブスになったおばさんは、惨めである。
さてわたくしは、無事配属先に落ち着きましたが、またまた、何題ばかりで。
店長は私より四歳上で名前が「真中さん」と言います。サブは、三歳年上の「むらさん」と言います。
高校を卒業したばかりの私は早生れのため、ぎりぎり17才で入社したため、まだ免許もだ
め、お酒もだめ、タバコもだめな年齢のわたくしもたばこの紫煙を休憩時間吸い込んでしまい、毎日が煙戦争でした。(笑)
昔の百貨店の休憩室はタバコ煙とともに空気が真っ白けっけで吸わない人はほとんどいなかったようだ。
凄いところである。今で言う紫煙を毎日吸っていたのでデパート勤めの人は良く病気にならないものだと関心したものです。
けむかった毎日が懐かしい。
毎朝、朝礼の前に休憩室に行くのが店員同士の週間で「一服行くよ」が合図であった。
流転職前の、良き時代では、あったのかな?さてまた書きます今日はこの辺で失礼します。
これは、有る女性が織り成す、「いじめ」と「解雇」と「隣の会社が良く見える」等、中途半端な転職の人生を日記にした笑える半生である。
今だに更新するかも?転職回数ギネスに挑戦物語です。
今さすらい女は、港区に生息中である。
さすらい属転職科の生きものである
初就職は、20ン年前に遡り(この第一歩で留まればよかったものを、後の流転職など経験しなかっただろう。かなっ?)
まだ右も左も判らない高校を卒業したばかりのわたくしは、菓子屋さんに、入社しました。
パンパンに太った私は、まるでおすもうさんのような体型でした。
初めて入社式なる高校の入学式に似た式典に参加したのが後にも先にもこの会社だけであった。
わたくしは、都内百貨店に出向が決まり、同期入社の同僚たちが各店へ向けて上司に連れられ分かれていきました。
同じ地区に出向する、同期数名を一人ずつ上司に配属先まで送り届けてもらいわたくしは、某百貨店に送り届けてもらいました。
今、思い出しても笑えるのは百貨店向けに登録証を作成するため上司から昔はまだ珍しかった、ボックス型の3分写真が近くに有った為「写真を中で撮ってきて」と言われて何を勘違いしたのかわたくしは、4枚すべての写真に、ポーズ(ピースをしたり、笑ったり、首を傾げたり)をしてしまいその写真を手渡された「眼が点」になった上司から大笑いされ取り直しさせられた記憶が今も残る。アホ丸出しである。