黒髪時代
冬くらいに、黒髪ロング戻ろうかな~って思ってる今日この頃♡
LAで「お任せ!」って言って、してもらったこの色もめちゃめちゃお気に入り🥰
「自分を楽しむ。」楽しいね♪
さぁ今日は。
瞑想ライフについて。
瞑想って何でしょう?
7年ほど、マットの上で呼吸や体の声を聴く瞑想をしてきた私にとって今、「瞑想」って、自分の感覚に集中していて、その感覚に従って生きること♪生き方のこと。
頭で考えた「正しさ」「正論」「すばらしさ」「理屈」「ちゃんと」だったとしても、
「なんか違う、違和感」
「なんかモヤモヤ」
「なんか嫌」
「なんか苦しい」
「なんか好き」
「なんかしたい」
「なんか、しちゃう、見ちゃう」
「理由ないけど」
そんな「感覚的なもの」「動物的なもの」「自分の感じ方」を羅針盤にすること。
つまり、
「自分て感じがするか」
「自分じゃない感じがするか」
どんなに頭の計算や損得で良さそうでも、自分じゃないことはしない。それは、自分じゃないんだ。
どんなに社会的に褒められたり、人が喜んでくれても、自分じゃないことはしない。そんな損得や計算は、苦しみに終わるんだ。
どんなに、うまく行っている人にもらったアドバイスでも、自分の美徳や自分らしさに反していたら、美しいと感じられないことはしないんだ。
どんなに、しても無意味そうでも、求められないとしても、自分がしたいならする。自分が満足するから。
どんなに全てを失っても、どんなに社会的にダメ人間になったとしても、持ちきれないものや自分以上のもの、自分の何かを犠牲にするものは、手放すんだ。
ーーー
でも私の場合、そうして自分の感覚を大切に生きることを阻んでいたのは、
◆「私はこういう人です」「こんなシゴトしています」「こんな年収です」「こんな評価を受けています」「こんなことができます」「こんな友達がいます」「こんなキャリアがあります」「こんな性格です」・・って、自分についたもの、自分のアイデンティティだと思っていたものを、何も持たなくなること
それがいつも怖かった。
なぜならその結果、
◆自分の価値を感じられなくなったり
◆人から良いと思われなかったり
するのが怖かったから。
だから、
頭で考えた、「うまく行っている自分」「ダメじゃない自分」「幸せっぽい自分」になろうとして、感覚はいつも後回し、心身の声は埋もれていた。
でもね、今は、こんな外付けの物を「自分」だと感じていない。アイデンティティに依存していない。
それはいつしか、「縛り」「重し」「ストレス」にしかならないから。
でも私たちはいつも、「アイデンティティ」を失うのがめちゃくちゃ怖いんだよね。自分が思う、良し悪しがあって、そこから逸れるのがめちゃくちゃ怖いんだよね。それを守るのに必死なんだよね。
でもね。逆だった。
どんどん平穏になった。
内側がね^^
そんな、私なりの瞑想ライフ&瞑想の効用でした。
じゃあどうやって、
頭で考える幸せより、自分の感覚や内から満ちる幸せを生きられるのか?
それは、
身体感覚を研ぎ澄ませること。
自分の内なる声は驚くほど、思考まみれで、思考に埋もれきっているから。
だから、身体感覚・心身の声を繋がるには少し、トレーニングが必要です^^
【自分の感覚を大切に生きるには?】
今日はその方法を一つご紹介!
罪悪感が湧いたときが、心身の声を聴くチャンス!
・行かなかったら、悪いなぁ。
・今日やってしまった方がいいなぁ。
・こんなのにお金使ったらダメかなぁ。
・これ言っちゃダメだよね。
・どんだけ寝るんだ、休むんだ私。
👆これは全部、思考の良し悪し。誰かの声。
こうして罪悪感が湧くって言うことは、「頭ではこう思うけど、本当は・・」の自分の声がある時なんです。
だから、この時に、「本当は、どうしたいの?」「自分も誰もジャッジしないなら、どうしたいの?」その声を、聴いてあげて下さい。その理由も、聴いてあげて下さい。そこにはちゃんと、正当な、自分の感覚や、大切にしたいものや幸せの種、自分や人への愛があるんです。
頭で生きないでね。
ココロ・カラダちゃんも、
一緒に生きちゃえ!